この作品は、オペレッタの一場面です。
奥行きのある舞台空間の中で、照明の逆光線と正常光が交錯するなか、マルセル・ランデルがテンポの速い曲に合わせて踊っています。ひるがえったスカートの裏地と髪に飾った花のピンク色が、毒々しさとは無縁の可愛らしさで、逆光を浴びた顔や胸の異次元的なある種の異様さをやわらげてくれているようです。
そして、彼女の後ろに並んだ役者たちの表情も個性的で、それぞれに動作は止まっているのですが、その内面に躍動する力強さがこちらにも伝わってきます。
いつも動いている人物、殊に踊る女性をロートレックは愛し、描きました。生きている証の情念のようなもの、それに突き動かされるように踊る女性たちに、ロートレックの中の冷静な画家の目が呼応しているのかも知れません。
しかし、ここにあるのは人間の内部にある生々しい情念ではなく、もっと奇妙にカラリとした、透明に輝くような感覚です。それがロートレック独特の、肉体と情念の描き方のように思います。
ロートレックは動かないもの、また、野原や樹木や空、そして建物を描きません。まったく関心がなかったわけでもないのでしょうが、きらめく外の自然光は、彼の心にそぐわなかったようです。彼の魂は、モンマルトルの盛り場の人工の光の中でこそ安らいだのです。だからこそ、モンマルトルの娼家の女性たちはロートレックを単なるお客としてではなく、親身な友達としてもてなしたのでしょう。
14歳のときの骨折で、身体が成長を止めてしまうという苛酷な条件を負いながらも、生まれと育ちの良さからきていると思われる悪意のなさ、そして明晰な精神と父親譲りの陽気さが、夜の世界に生きる人々をして、彼をすんなりと受け入れさせたのでしょう。ロートレックは、彼らの中にこそ生きることの真実を見ていたのかも知れません。
★★★★★★★
ニューヨーク、ホイットニー夫妻蔵