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「ぶらんこ」

ジャン・オノレ・フラゴナール (1767年)

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 なんて可愛らしい、チャーミングでエレガントな作品! いかにもロココを代表する画家フラゴナール…..。ぶらんこに乗った女の子のピンク色のドレスも、贅沢にあしらわれたフリルも、ぶらんこの揺れにまかせて優雅に舞う蝶々のようで….。
 そんなふうに見つめているうち、ふと、彼女のスカートを下から覗き込んでいるらしい若い男に気がつきます。そしてさらに注意深く観察していくと、後方でぶらんこを綱で揺らしている….恐らく老人….は、どうも司教のようですし、少女の表情も、そうとう挑発的な笑いを含んでいるようです。そのへんまでわかってくると、この作品が単に無邪気なぶらんこ遊びを描いたものではないことに気がつきます。

 『ぶらんこ』のモデルは、ルイ15世の廷臣だったサンジェルマン男爵とその愛人と言われています。男爵は最初、フラゴナールではなく、当時宗教画家として活躍していたドワイアンに絵を依頼したのですが、断られています。やはり、宗教画家という立場上、若い女の子をぶらんこに乗せて揺らしている司教の絵は描けなかったということでしょう。しかし、勢いあまって少女のピンク色の靴….今で言うミュールでしょうか….が空中に飛んでしまった、というアイディアは、ドワイアン自身から提案されたものだと言われていますから、いかにもロココという時代の逸話だという感じがします。

 ぶらんこは、18世紀の貴族のあいだで大流行していた遊びでした。理由は、もちろん、この絵を見ての通り…ということのようです。太陽王と呼ばれたルイ14世の絶対王政が終わり、ルイ15世の愛妾だったポンパドゥール夫人の時代といっても良いロココ時代が幕を開けると、それまでの壮麗かつ厳粛な古典主義に代わって、軽快で流麗、感覚や官能性を十分に楽しませる作品が次々に生み出されていったのです。まさにロココは、女性の時代でした。それはジャン・ジャック・ルソーをして、
「万事が女性しだい。女性のためでなければ何事も行われない」
と言わしめたほどだったのです。

 そんなロココにあって、フラゴナールの作品は、社交界の女性たちに人気を博していました。彼じしん、「陽気なフラゴ」と呼ばれて親しまれていたといいますが、やはり女性たちの要望にこたえて肖像画から風景画、閨房画まで、あらゆるジャンルの絵を、それも非常に速く、相手が飽きないうちに仕上げてみせていたのです。彼は、そうとうな速描きの名手でもありました。そこには、絵画の中に時間を導入したといわれる時代背景もあったのかも知れません。
 そんなふうに時代の寵児だったフラゴナールですが、その作品の完成度を見たとき、決して速描きだけが取り柄の画家でなかったことがわかります。彼の技法と色彩は、オランダ・フランドルの画家たちの影響を受けており、リューベンスの光輝く透明な色彩、レンブラントの作品に学んだ、油絵具を厚く盛り上げるように塗るインパストの技法、そして荒々しいほどの力強さを兼ね備えていました。そのうえ、ヴァトー的な抒情性、シャルダンに見られるような、対象に対する明快な視点をもきちんと自分のものにしていたのです。
 そんなことを思いながら再びこの作品を見たとき、いかにも軽くて甘いロココの絵画でありながら、画面からは不思議なほどに快活な生気が立ち上ってくるのがわかります。決してどんよりとその場にとどまった、けだるい作品ではないのです。対角線を基本とした鮮やかな構図、鬱蒼とした木々の丹念な描写、そして生き生きとした色彩に、とても力強い生命感があふれているのです。

 ロココの時代精神は、まさに「今この時」でした。動いている一瞬を絵のなかにとどめることが最も大切なことだったのです。そういう意味でこの作品は、ぶらんこが舞い上がった一瞬の喜び、その瞬間をぎゅっと画面のなかに閉じこめた、この上ないロココの精神をもっともよく体現した作品だったと言えるのだと思います。

★★★★★★★
ロンドン、 ウォーレス・コレクション 蔵



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