この絵の前に立ったとき、暫く動けなかったのを覚えています。縦長の独特なフォルムと、全体を包む幻想的な雰囲気のせいもあるのでしょうが、三人の頂点にいる山幸彦に、こちらまで見下ろされているような威圧感を感じ、圧倒された・・・というのが本当のところです。
青木 繁は、「古事記」を題材にしたものをよく描いていますが、この作品は、その中でも代表的なものだろうと思います。兄の海幸彦、ホデリに釣り針を探して来るように命じられて途方に暮れた山幸彦、ホホデミは、海神の宮へ行き、そこで、海神の娘のトヨタマビメに出会います。その出会いの場面を描いたのが、この作品です。水を汲んだトヨタマビメが、水に映った、木の上の山幸彦に気付き、ハっと見上げたところなのだそうです。
横顔の女性がトヨタマビメでしょう。美人で、堂々としていて、けっこう頼りになりそうな女性です。それにひきかえ、上から射るような目つきで見下ろしている山幸彦は、やけに子供っぽくて、ヤンチャ坊主の名残りが見えます。これは、数多くの奇行で知られ、人間関係が下手で、美術界では異端視され、わずか28歳の若さで逝った青木 繁本人の姿なのかも知れません。自由奔放に生きても、どこか不安で、いつも人に対して心に壁を作っている、青木なりの、清冽な山幸彦のような気がします。全体を包む淡い色調は印象派を思わせます。でも、その曲線的なタッチや、甘いだけではない色使いの深さは、やはり青木独自の境地なのだと実感させてくれます。
豊か過ぎる才能を持ちながら早逝した青木繁を、心から悼みたいと思います。
★★★★★★★
石橋美術館蔵