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「アニアヌスの治癒」

チーマ・ダ・コネリアーノ (1497-99年)

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 画面を満たす優しい光は、見る者に不思議な安堵感、幸福感をもたらしてくれます。
 15世紀ヴェネツィア派の、特にヴェネツィア内陸部を代表する画家チーマ・ダ・コネリアーノ(1459-1517年ころ)は、ときに「貧者のベッリーニ」と呼ばれ、愛されました。これは、彼がヴェネツィア派絵画の確立者、ジョヴァンニ・ベッリーニの色彩性豊かで詩的な絵画様式の影響を強く受けていたためです。

 四福音書記者の一人として知られる聖マルコは、アレクサンドリアに赴いて福音を説き、その初代司教となったとされています。
 ある日、マルコは、キリで手にケガをしたアニアヌスという靴直し職人の傷を、奇跡によって癒しました。感動したアニアヌスは、キリスト教に改宗し、のちに、アレクサンドリアの司教の座をマルコから引き継ぐことになるのです。
 今まさに、傷を癒している聖マルコは、奇跡の場面であるにもかかわらず、ゆったりとした時間を楽しんでいるかのように見えます。それは、画面を満たす穏やかな光と色彩のせいかもしれません。オレンジがかった柔らかな光は建築物の細部までも明るく照らし、人々の表情や服装、身振りにまで、幸せなリズムを投げかけます。人々の「おお」という驚きの声、「よかったなぁ」と見交わす笑顔などが誠実に伝わってくるようで、チーマ・ダ・コネリアーノの静謐で明快で、やや硬い画風が、見る者に平安なひとときを与えてくれています。
 ところが、ふと客観的に作品に向かったとき、細やかに神経の行き届いた細部描写のみごとさに、私たちは改めて息を呑むのです。それは、画家の細部と自然への精密な観察眼と、そこから醸し出される穏やかな空気感の賜物なのでしょう。チーマ・ダ・コネリアーノの、まさに愛すべき自然描写は、同時代の巨匠、ジョルジョーネやティツィアーノらの色彩中心の絵画とは、明らかに一線を画すものでした。

 この作品は当初、ヴェネツィアのクロチーフェリ聖堂を飾っていました。もしかすると、この優しい絵画は、大きな美術館の壁ではなく、ひっそりと冷たいバロック様式の教会の内部にこそ、ふさわしいのかもしれません。

★★★★★★★
ベルリン国立美術館 蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎西洋美術史(カラー版)
       高階秀爾監修  美術出版社 (1990-05-20出版)
  ◎オックスフォ-ド西洋美術事典
       佐々木英也著  講談社 1989/06出版 (1989-06出版)
  ◎イタリア絵画
       ステファノ・ズッフィ編、宮下規久朗訳  日本経済新聞社 (2001/02出版)
  ◎西洋絵画の主題物語〈1〉聖書編
       諸川春樹監修  美術出版社 (1997-03-05出版)



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