なんて甘く可愛らしいプシュケとキューピッドなのでしょう。一度見たら忘れられない、美しい作品です。キューピッド(アモル)からの最初の接吻を受けるプシュケは、恥じらうように胸のあたりに手を置き、若い二人を祝福するかのように蝶が1匹、その頭上に舞っています。
この作品は現在、フランス新古典主義の画家フランソワ・ジェラール(1770-1837年)の代表作として揺るぎないものとされていますが、サロン発表当時は、その甘ったるい雰囲気のため、決して高い評価は得ていなかったようです。
しかし、大理石を思わせる滑らかな絵肌は、それゆえにかえって冷たさを感じさせ、筆の跡を残さない丹念な仕上げは、まさに新古典主義絵画の特徴を示しています。師であるダヴィッドが偏狭な保守主義に傾いたアカデミーを嫌ったにもかかわらず、弟子のジェラールはそのアカデミスムを発展させる重要な画家の一人であったわけです。
彼は89年にローマ賞コンクールで2位となりましたが、父の死をきっかけに故郷のフランスに戻り、ルーヴルにアトリエを与えられて制作を続けました。 95年のサロンで高い評価を受け、この作品を発表した98年からは画家としての地位を確固たるものにしています。
2世紀、古代ローマの文人アプレイウスの『黄金のロバ』の中に登場する、愛のキューピッド(アモル)と美しい娘プシュケの恋のお話をテーマとしたこの作品は、まるで陶器のような味わいです。若い二人はお伽噺の主人公というよりも、均整のとれた理想的な身体と容姿を持った夢の世界の恋人たちのようです。しかし、それでいて、プシュケの無表情、感情を持たないかのような冷たい顔が鑑賞者を当惑させもするのです。
古代に完成された「理想の美」を目指す新古典主義が、こうした冷たい美しさを一つの特徴としていることは確かです。それは、ややもすると、個性に欠けた優等生的な、つまらない絵画という印象を持たれがちです。しかし、革新的で自由な気風だけでない、アカデミックで構成のしっかり決まった絵画もまた、近年、見直されつつあることも事実です。丁寧で洗練された美しい画面は、やはり見る者の心を安定させ、限りない陶酔を約束してくれるものなのです。
★★★★★★★
ミュンヘン、 ノイエ・ピナコテーク 蔵
<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
◎西洋美術館
小学館 (1999-12-10出版)
◎オックスフォ-ド西洋美術事典
佐々木英也監修 講談社 (1989-06出版)
◎西洋美術史
高階秀爾監修 美術出版社 (2002-12-10出版)
◎西洋絵画史who’s who
美術出版社 (1996-05出版)