赤いスカーフと黒い帽子、濃紺のコートという色面分割の大胆さと明快な構成がみごとな、迫力ある画面です。ポスター作家としてのロートレックは、日本の浮世絵の影響を受けたと思われる構図と色彩を用いることが多く、それが当時としては非常に斬新でした。
このポスターのモデルは、当時のモンパルナスにおける人気歌手であり、作詞作曲家であり、キャバレー経営者でもあったアリスティード・ブリュアンです。彼はロートレックに数々のポスターを依頼していますが、何よりもお坊っちゃん育ちの20歳の画家を、夜のモンマルトルの歓楽世界に引き入れた人物だったのです。
ロートレックは独立するために両親の反対を押し切って家を出、転々としたのち、モンマルトルのトゥルラック街にアトリエを持ちます。そして「キャバレー・ミルリントン」において、歌手で詩人だったブリュアンと親しくなるわけです。
ロートレックは、肉体的には不自由な条件を負わされていましたが、明晰な精神と感受性はいつもとぎ澄まされており、その不自由さゆえに、冷静な観察者としての眼がより養われていった部分も大きかったのではないでしょうか。また、夜の世界に身を置く場所を見出したことによって、モンマルトルの夜に生きる人々が彼が生まれ育った階層の人々よりも、はるかに屈託なく彼を受け入れてくれることを知ったのです。
その中で、ロートレックは自由で充実した制作を続け、そして、人間の真実の姿を見つめていったのだと思います。
★★★★★★★
個人蔵