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「イサーク・マッサ夫妻の肖像」

フランス・ハルス (1622年)

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 木陰でくつろぐ夫妻は、とても親密な笑顔でこちらを見つめています。二人は新婚で、この作品は結婚の肖像なのです。当時、夫婦の肖像といえば、別々のカンヴァスに描かれるのが普通でした。しかし、この作品は二人を同一画面に描いた二重肖像画です。しかも、非常に非公式な印象を受けるのは、やはり二人のこの笑顔のために違いありません。
 実はこの時代、笑顔は愚かさと自己抑制の欠如の証しとされていました。しかし、フランス・ハルスは、こうした自由奔放で写実的な肖像画を最も得意としたのです。
 彼の描いた多くのオランダ市民は、オランダ建国を支えた心意気を表すかのように活気にあふれ、まるでそこに生きているかのように魅力的です。名もない人々を描いても、見つめられて少しはにかむ幼い子供や、自らの手で巨万の富を築いた大商人、未来への希望にあふれた若い夫婦など、人々の人生そのものまでも自然に浮かび上がってくるような、みごとな表情を伝えるのです。

 フランス・ハルス(1580年ごろ-1666年)は、アントウェルペンで織物職人の息子として生まれ、幼少のころ、スペイン軍のオランダ侵攻を機にハールレムに移住し、その後の80余年の人生をここで送った画家です。
 彼は、オランダ絵画黄金時代の最初期を代表する風俗画家であり、肖像画家でした。ハルスの明るい色彩と大胆な筆遣いは、新興国オランダの市民階級の革新的な勢いが反映されているようです。それでも、作品にあふれる力強さと独自性は、やや時代の先を走っていたかもしれません。

 この肖像画を依頼したイサーク・マッサ(1586-1643年)は、裕福で教養のある商人でした。ハールレム社会で卓越した地位を築いていた彼は、 1627年、ベアトリクス・ファン・デル・ラーンという市長の娘と結婚しました。その際、知り合いだったハルスに、この肖像画を依頼したのです。
 ベアトリクスは当時、30歳だったといいますから、比較的、落ち着きのある新婚夫婦ということが言えるのかもしれません。そのせいもあって、このくつろいだ雰囲気が醸し出されたのでしょう。速い筆ながら、新婦の首回りを飾るレースの繊細さ、美しさには、ハルスの本領を見せつけられたようで、ハッとさせられます。

 ところで、非公式な作品ながら、ここには、伝統的な結婚にまつわる象徴が散りばめられています。
 画面の右奥をよく見ると、”愛の園”が描かれ、恋人たちが仲良く歩いているのがわかります。そこには、中世の伝統にのっとり、孔雀が登場しています。孔雀は、ローマ神話の女神ユノの象徴であり、結婚の象徴です。そして、水をたたえた小さな泉は豊穣の象徴で、子孫の繁栄を意味します。さらに、ひっくり返った甕と廃墟には、この世で物を所有することのはかなさも暗示されているのです。
 そして、17世紀オランダならではの象徴として、イサーク・マッサの足元のアザミは「男の貞節さ」を、ベアトリクスの足元から木へ這いのぼっているツタは、家や木に巻き付くが如き妻の託身を象徴していると言われています。それは、夫が右手を胸に当てる貞節のポーズを、妻が夫の肩に右手を置くポーズをとっている様子と呼応しているのです。
 ところで、ベアトリクスはちょっと誇らしげに、人差し指の指輪を見せています。そこには、ダイヤモンドをあしらった婚約指輪と結婚指輪が二つ、光っているのです。こうした習わしは、もう今の時代と変わりません。二人がごく自然に親しくなり、愛情をはぐくんで結婚に至った様子が何となく伝わってきて、鑑賞する側の私たちも微笑ましい気分になってしまうのです。

★★★★★★★
アムステルダム、国立美術館 蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎西洋美術史(カラー版)
      高階秀爾監修  美術出版社 (1990-05-20出版)
  ◎名画への旅〈14〉/17世紀〈4〉市民たちの画廊
      高橋達史・尾崎彰宏 他著  講談社 (1992-11-20出版)
  ◎西洋名画の読み方〈1〉
       パトリック・デ・リンク著、神原正明監修、内藤憲吾訳  (大阪)創元社 (2007-06-10出版)
  ◎西洋美術館
       小学館 (1999-12-10出版)
  ◎オックスフォ-ド西洋美術事典
       佐々木英也訳  講談社 (1989-06出版)
  ◎西洋絵画史WHO’S WHO
        諸川春樹監修  美術出版社 (1997-05-20出版)  



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