しっかりと手を握り合った二人の穏やかで親密な様子に、ふっと心がなごみます。やや単純過ぎるほどに鮮やかに色分けされた描写も、この作品の雰囲気にはぴったりと合っているようです。
左側の女性はイタリアの象徴、右側の女性がドイツの象徴とされており、顔立ちや髪の色を見ると確かにそんな感じですし、彼女たちの背後にはイタリアとドイツ風の風景が広がり、二人がしっかりと結び合っているのを感じさせます。これは、両国の美術的な結びつきを祝福した寓意画なのですが、ドイツ・ナザレ派の指導者オーヴァーベックがこの作品を描いたのには深い意味があったと思われます。
19世紀初頭のドイツの美術は、ドイツ固有の文化をいかにして花開かせるべきか、大きな課題を抱えていました。古代以来、地中海文化の影響を強く受けてきた、カトリックが浸透した南部にくらべ、北部はプロテスタントが多数を占めていました。それと呼応するかのように、美術の面でも大きく二つの流れに分かれていたと思われます。一つは、フリードリヒに代表されるような暗く厳しいドイツの自然を描いたドイツ・ロマン主義の系譜、もう一つは、オーヴァーベックらに代表されるナザレ派の系譜でした。
ナザレ派は、当時のアカデミックな訓練や慣習に満足できなかった画家たちが、デューラー、ペルジーノ、ラファエロなどの歴史画を理想と仰いだ団体でした。彼らは1810年にローマへ移り住み、しばらくの間使用されていない修道院で生活し、中世やルネサンス期に行われていたモニュメンタルなフレスコ画の再興を目指したと言われています。彼らは、初期ルネサンスの作品からじかに学び、歴史画の伝統に新生面を開いていったのです。つまり、この『イタリアとゲルマニア』に象徴されるように、自国ドイツの文化とイタリアの伝統を融合させていこうとしたのです。ナザレ派の心は、まさにこの作品に凝縮されていたと言って間違いなかったことでしょう。
オーヴァーベックらの活動は、穏健な折衷主義を目指したものに過ぎなかったのかも知れません。しかし、ナザレ派の活動はやがてラファエル前派、そしてフランスの巨匠アングルなどにも大きな方向性を与えていきました。ナザレ派の画家たちにとって真の信仰の表現は、16世紀以降多くなった技巧的絵画ではなく、あくまでも中世末期、初期ルネサンスに見られたような簡潔さ、素朴さの中にこそ生き続けていたものだったのです。
美しい金髪のゲルマニアは、月桂冠を着けたイタリアに比べ、やや年下に見えます。少し身を乗り出して、お姉さん格のイタリアに、よりいっそうの友情を求めているのかも知れません。イタリアは、もの静かな面持ちで、やさしくゲルマニアの願いを受け入れようとしています。
★★★★★★★
ミュンヘン、 ノイエ・ピナコテーク 蔵
<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
◎ラファエル前派―ヴィクトリア時代の幻視者たち
ローランス・デ・カール著 高階秀爾監修 創元社 (2001-03-20出版)
◎北方ヨーロッパの美術
土肥美夫編 岩波書店 (1994-05-27出版)
◎西洋美術史(カラー版)
高階秀爾監修 美術出版社 (1990-05-20出版)