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「イレーヌ・カーン・ダンヴェルス」

オーギュスト・ルノワール (1880年)

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 数あるルノワール作品の中でも特にどれか一つ、と言われたら、たぶん間違いなく、このイレーヌ・カーン・ダンヴェルスの肖像画を選ぶと思います。それは、私がもの心ついてはじめて出逢った絵画作品が彼女だったからかも知れません。
 薄い記憶の中で、開いた画集の中にいる彼女のみごとな髪をつかもうと、何度も一生懸命に手を伸ばしてみたのを覚えています。

 ルノワールが描いた少女像の中でもひときわ可憐なこの作品のモデルは、ルノワール芸術の良き理解者であった銀行家ルイ・カーン・ダンヴェルスの末娘です。画家の指示どおり、ちょっと緊張した様子でポーズをとるイレーヌは、すでに小さな貴婦人といった雰囲気を漂わせています。透き通るような白い肌とバラ色の頬、つぶらな瞳、そして整った横顔・・・と、本当にルノワールがもっとも好み、得意とした、ルノワールらしい作品です。
 特に印象的なのは、画面の三分の一以上は占めていると思われる豊かな赤茶色の髪で、その筆触はまるで小川が流れるような生命感に満ちています。髪の一筋、一筋が音楽を奏でるように生き生きと輝いて、モデルの持つ清潔感を決定的に印象づけてしまうのです。

 画家としての修行を始めたばかりのころ、師のグレールに
「君は自分を楽しませるだけのために絵を描いているようだね」
と問われて、
「もちろんです。もし絵が楽しくなかったら、絶対に描いていません」
と即答したと言われるルノワールは、このとき、喜々としてイレーヌを描いていたのだと思います。その彼の歓びが画面を通してこちらにも伝わって来て、見る側の心も歓びでいっぱいになってしまうのです。

 美しいもの、明るく楽しいものにだけ感応する天性の画家だったルノワールは、若い芸術家仲間の集いにはよく顔を出しても、あまり議論好きではなかったようです。雄弁は芸術を遠ざけるものだと感じ、大好きな描くことのための時間を無駄にしたくないと考えていたのかも知れません。
 それでも、そのごく自然な人なつっこさで、モネ、シスレー、ピサロ、セザンヌなどたくさんの友人を得、たくさんの刺激を受けながら、彼独自の、木の間を通してやさしい光がこぼれるような世界を見出していったのです。それも本当にごく自然に…。

 「生涯、悲しげな絵を描かなかった唯一の大芸術家」と言われるルノワールの描いたイレーヌは、100年以上経った今もかげりのない微笑みと共に、画面の中から私たちを幸せにしてくれています。

★★★★★★★
チューリヒ、 ビュールレ・コレクション蔵



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