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「インスラ・ドゥルカマーラ」

パウル・クレー (1938年)

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「Mark Harden’s Artchive」のページにリンクします。

 春の日の、満開の桜に彩られた若草山を描いたような美しい作品です。実際には、春たけなわの明るいエーゲ海か地中海のイメージだろうと言われていますが、どうもここに日本的な雰囲気を感じてしまうのは私だけでしょうか。
 タイトルの「インスラ・ドゥルカマーラ」は、“dulcis(甘い)”と“amarus(苦い)”という二つのラテン語を組み合わせたものだという説が有力ですが、だとすると甘い誘惑と苦い結果・・・ということかもしれません。
 しかし、タイトルはどうあれ、このあたたかさ、穏やかさ、美しさは、クレーの全作品の中でも最高傑作の一つに挙げることができるのではないかと思います。

 ところで、この作品はクレーとしては異例に横長の画面です。そして実は、新聞紙に描かれているのです。新聞紙をキャンバスにしちゃうなんて、ホントにクレーってオシャレなんだから・・・ってカンジですが、なぜかこの時期、新聞紙にこだわった彼は、6点も描いているのです。しかも絵の具の塗り方によっては下にある広告や社説が読めるそうで、神話的世界を描いたものだと言われているわりには、現実をしっかり背負った大作なのです。

 ところで、ここに黒く太い線でどっしりと描かれている記号のような文字のようなものは、クレー作品にしばしば見られるものです。
 中央には人間の顔、その後ろは横向きの象でしょうか・・・ところどころに数字やアルファベットも見られるようで、ちょっとだまし絵的な面白さもあるのですが、それはそれで無理に探して楽しむというよりは、全体のバランスの心地よさが、さすがにセンスの良いクレーだなぁ・・・と堪能するほうが良い鑑賞のしかたのような気がします。

 20世紀美術の大きな功績は、さまざまなかたちでの抽象芸術の誕生なわけですが、どこかプリミティブな文字的、記号的なものの復権もまた大きな出来事であり、クレーもまたこの大きな動きの中に自らの表現のかたちを見出していたことは明らかだと思います。
 しかし、言語学者でも考古学者でもなかった彼の場合、こうした古代文字的なイメージは実際のものの変形というよりは、彼独自の造形思考の産物であったことはもちろんです。
 この不思議な心地よさ・・・無垢な天使の笑顔を見るような優しさは、クレーにしか表現できないものではないでしょうか。   

★★★★★★★
ベルン美術館蔵



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