ライスダールの描く空は、いつも胸騒ぎを誘います。低く垂れ込めた雲間から、太陽の光がのぞこうとする一瞬でしょうか、光と影が揺れながら、水面を横切っていきます。全ての自然が動いていく静寂の時は、次の瞬間の雷鳴で破られるのかもしれません。
17世紀オランダ最大の風景画家、ヤーコブ・ファン・ライスダール(1628-82年)は、劇的で緊張感のある雄大な風景画を得意としていました。眺望のきく低い視点や水のある風景、特徴のある雲といったモティーフは、画家の印象的な画面になくてはならない”もの”たちだったのです。平坦な田園、風車のある風景描写はいかにもオランダ的でありながら、ライスダールの手にかかると、どこかただならぬ気配を帯び、それが画面に魅力的なドラマをもたらしてしまうようです。
ライスダールは、叔父のサロモンも著名な風景画家であり、この叔父と父のイサークから絵画の手ほどきを受けたと思われます。もともと風景画の本拠地とされるハールレムの生まれだったこともあり、画家仲間と共にドイツのヴェストファーレン地方やオランダ各地を旅行して風景画の修業をしたあと、アムステルダムに居を定めて、本格的に画家としての活動を始めています。
ところが、興味深いことに、そのあと、1676年にフランス北西部のノルマンディーで医者の資格を取得し、アムステルダムに戻って医者をしていたとの説もあり、それはライスダールの多才さを示すとともに、比較的メランコリックな気質を感じさせるものとも言われています。
また、ライスダールは生涯独身を通し、それは彼にとって、非常に彼らしい快適な生き方であったと伝えられています。誤解を恐れずに言うなら、ライスダールは、自然の尊厳や偉大さに比べれば人間は取るに足らない存在とさえ感じていたふしがあります。そのため、彼の絵の中で、自然は常に至高の存在であり、人間はわずかに一人か二人、ポイントのように置かれるだけなのです。緻密に描き込まれた森やさざ波の立つ水面、広い空こそが、ライスダールの興味の全てだったのです。
この作品は、オランダの親しみやすい田舎の田園風景です。印象的な風車はすでに十分に高いところに位置しているのですが、ライスダールの低い視点によって、さらに高く、そびえ立っているように感じられます。強い光によって、半面が希望に満ち、半面が暗く沈む様子は、画家の心情を伺わせるようです。
黒い雲が明るい空の中にもくもくと湧き上がっています。これから嵐が来るのでしょうか。それとも、陽光が勝つのでしょうか。心騒ぐ瞬間ですが、垣間見える青い空の美しさは、ロココ絵画に見られるような甘さを含んでいるようです。
画面向かって右端には、民族衣装を着けた三人の女性がゆっくりと歩を進めています。実はその場所には当時、「女性の門」と呼ばれる門が立っていたことがわかっています。ライスダールは、眺望的にこれが少し邪魔だと感じたのでしょう。門を取り去って、かわりに実際の女性を配置したようです。見たままを忠実に描いているようで、画家はしばしば、ちゃっかり嘘を描くものなのです。
★★★★★★★
アムステルダム、国立美術館 蔵
<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
◎西洋名画の読み方〈1〉
パトリック・デ・リンク著、神原正明監修、内藤憲吾訳 (大阪)創元社 (2007-06-10出版)
◎オックスフォ-ド西洋美術事典
佐々木英也著 講談社 1989/06出版 (1989-06出版)
◎昔日の巨匠たち―ベルギーとオランダの絵画
ウジェーヌ・フロマンタン著、鈴木祥史訳 法政大学出版局 (1993/10/15 出版)
◎西洋美術史(カラー版)
高階秀爾監修 美術出版社 (1990-05-20出版)
◎西洋絵画史WHO’S WHO
諸川春樹監修 美術出版社 (1997-05-20出版)