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「エレオノーラ・ディ・トレドと息子の肖像」

ブロンツィーノ (1545年頃)

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 この上なく美しく、完璧の上にも完璧を感じさせる肖像画です。あらゆる情緒は排され、人物の表情は冷たく、複雑な衣装の模様は緻密に再現され、布の質感、張り、光の当たり具合もみごとで、まさに洗練の極みと言って間違いないでしょう。そして人々は、溜め息とともにつぶやきます。「氷のように冷たい肖像」…..。描かれたエオノーラ・ディ・トレドにもその息子にも、もしかしたら一滴の血も通っていないのではないかと思わせます。彼らはまるで、蝋細工のように永遠に不動なのです。

 トスカーナ大公コジモ1世は1539年、スペイン出身のエレオノーラ・ディ・トレドと結婚します。これは、その美しいエレオノーラと、コジモの息子です。夭折したジョヴァンニであるという説が有力ですが、フランチェスコであろうという説もあり、特定はされていないようです。コジモは結婚に伴い、公妃専用の礼拝堂を造るなど、エレオノーラには最大限の愛情を注いだようです。しかし、富と幸福を満喫していたであろうエレオノーラも、フィレンツェの代表的なマニエリスムの画家ブロンツィーノにかかると、このように個性を殺した姿で描かれるです。

 ブロンツィーノ(1503-72)の偉大さは、まさにその肖像画にありました。彼はアングルのような素描力を持ち、完璧な表現力でモデルを画布に再現させました。その技巧的熟練のほどは、作品を見ていただければ納得がいくことでしょう。ブロンツィーノの目指したものは、ミケランジェロのような激しいエネルギーや宗教的感情ではありませんでした。ひたすら優雅に、そして貴族的で超然的な表現だったのです。それはどこか、誰にも口を出すことが許されない、厳格な儀式を見るようでもあります。

 盛期ルネサンスの末期、イタリアには古典主義とは異なる新しい芸術「マニエリスム」が生まれます。幻想的で洗練された、それでいてどこか不安定で重量感を度外視したような独特の雰囲気を持つ芸術でした。その中でも特に、フィレンツェのポントルモ、ブロンツィーノ、北イタリアのパルマのパルミジャニーノの持つ優美さと洗練は、ある種の不安に裏打ちされているようでした。それはフィレンツェやローマの政治的混乱、新しい宗教的価値観の台頭など、言い知れぬ社会不安だったと言われています。
 そんな時代、まるでマニエリスムの申し子のように、優雅に活躍したのがブロンツィーノでした。彼は初期マニエリスムの代表的画家ポントルモの弟子であり、また養子でもあったと言われています。ですから、様式的にはポントルモに似ていたのですが、ブロンツィーノの本質には、世俗的で宮廷風のスタイルがあったようです。
 1522-26年頃には、師とともにサンタ・フェリチタ聖堂の装飾、そのあと30-32年にはウルビーノ公のためにペーザロの宮廷装飾に携わっていますが、39年以降はメディチ家との関係を深め、コジモ1世、エレオノーラ・ディ・トレドらの要請にこたえるかたちで、たくさんの作品を制作しています。この肖像はその時期のものと思われますが、おそらく、画家の優美で鮮やかな作品たちをエレオノーラはとても気に入っていたのでしょう。ブロンツィーノの手で肖像画を描かれることに、ほんの少しも居心地の悪さや不安を感じていない様子が見てとれるような気がします。

  それにしても….と、私たちはみごとな衣装の描写に酔ったあと、ふと大公妃の手に目をやって、ある種の異世界感にハッとさせられます。ほっそりと白くて、おそらく生涯、ただの一度も水仕事などすることのない手だったことでしょう。それだけに、人間的な生命の息づかいが感じられない、と言ってしまえばそれまでなのですが、何かそれだけではない、この指の動くことがあるとは信じ難いような現世感の無さに、ブロンツィーノの完璧な美への執念を見る思いがするのです。

★★★★★★★
フィレンツェ、 ウフィッツィ美術館 蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎宮廷びとの生活術―本格派のヨーロッパ学入門
        樺山紘一著  (松戸)王国社 (1997-03-15出版)
  ◎NHK フィレンツェ・ルネサンス〈6〉/花の都の落日 マニエリスムの時代
        森田義之・日高健一郎編  日本放送出版協会 (1991-10-10出版)
  ◎西洋美術史(カラー版)
        高階秀爾監修  美術出版社 (1990-05-20出版)
  ◎西洋絵画史WHO’S WHO
        諸川春樹監修  美術出版社 (1997-05-20出版)



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