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「オットー皇帝の裁判(正義の勝利)」

ディーリック・バウツ (1473-75年)

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   <この作品の左、「無実の伯爵の斬首」部分>

 この作品を読み解くには、2枚の絵を並べて見なければなりません。「無実の伯爵の斬首」、そして「正義の勝利」を続けて鑑賞することで、この中世の物語が完結するのです。

 神聖ローマ帝国皇帝オットー3世(984-1002年)の妻は、宮廷に仕えていたドイツ人伯爵を、自分に言い寄ったとして皇帝に告発しました。しかし、実際は、妃が伯爵を誘惑しようとして拒絶されたのです。ところが、皇帝は皇妃の言葉を信じ、伯爵の処刑を命じました。
 改悛者の衣を着せられた伯爵は、僧に付き添われて処刑場へ向かいました。作品の中で伯爵は、自分の妻にそっと耳打ちしています。自分の無実を証明してくれ、誤った裁判がなされたことを示してくれ、と頼んでいるのです。皇帝と妃は、城壁の上から、処刑の模様を眺めています。妃がそっと皇帝に嘘を吹き込んでいるらしい仕草をしているのがわかります。
 一方、処刑場ではすでに、死刑執行人が妻に、斬り落とされた夫の首を見せています。地面には首のない遺体が転がり、凄惨な場面となっています。執行人の服にも血が飛び散り、その残酷さが強調されていますが、妻はとても静かに、冷静な表情で現実に対峙しています。白い布に受け取る伯爵の頭部だけが、無念の表情を露わにしているようです。
 しかし、2枚目の「正義の勝利」では、伯爵の未亡人は物語の主役となります。夫の無実を証明するため、赤く焼けた鉄による神明裁判に身をゆだねているのです。この方法は、真実を知る手段として、中世では当たり前のように行われていました。熱した鉄の塊を握って9フィート歩き、数日後、神の意志によって火傷が治癒し始めれば無罪、化膿し始めれば有罪、というものです。
 結果として、神の力で真実を得た皇帝は、自分に嘘をついた妻を杭に縛りつけて火刑にせざるを得ませんでした。誤った裁判を償わねばならなかったのです。オットーの前にひざまずいた未亡人の手には、赤い鉄の棒と夫の首、傍らには火鉢が置かれています。そして、背景ではすでに、火刑柱に縛られた皇妃が死んでいこうとしているのです。

 15世紀の市庁舎や裁判所には、こういった「正義の場面」を描いた絵が飾られていました。歴史上の有名な事件を象徴的に示すことで、正しく公平な裁判が行われるよう奨励したものと思われます。
 この作品もまた、ルーヴェンの市庁舎のために制作されました。記録によると、当初は4点のパネルが予定されていましたが、バウツの死によって2点のみとなってしまったようです。この主題自体は、ルーヴェンの神学者だったヤン・ヴァン・ハーフトによって選択されたと言われています。
 結果的に、これがバウツ最後の作品となってしまったわけですが、ルーヴェン市の公式画家として活躍し、同地に没したバウツらしい遺作だったと言えるような気がします。
 背景に描かれた街は、まさに15世紀のルーヴェンの姿です。一方、オットー3世自体は1000年ごろに実在した人物であり、ここに見られる現実感は人々にリアルな衝撃を与えたに違いありません。

 ところで、この二つの作品に共通する面白さは、ともに異時同図法が使われていることでしょう。背景を同じくする一つの画面に、人物が重複して登場したり、物語が連続して進行しています。これは、物語を主題とした絵画で効果的に使われた手法ですが、写実的な表現の完成とともに、不自然であるとして、次第に使われなくなっていきました。
 ただ、バウツのこの手法は、ここではみごとに成功しています。もともと彼の描く人物たちは硬い印象で動きがなく、落ち着いて重厚感を持つ反面、劇的要素には欠けていました。それだけに、これだけたくさんの人物が登場していながら、物語のいくつかのエピソードがわかりやすく整理され、流れるように観者に語りかけるものとなっています。
 あえて描き込まれた枠の部分の装飾も、いかにも中世的な、お伽噺のような趣きを添え、美しい空気遠近法で描き出された澄明な遠景も、閉ざされた空間を思わせる親密な効果を生み出しているのです。

★★★★★★★
ブリュッセル、ベルギー王立美術館 蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎西洋美術史(カラー版)
       高階秀爾監修  美術出版社 (1990-05-20出版)
  ◎西洋名画の読み方〈1〉
       パトリック・デ・リンク著、神原正明監修、内藤憲吾訳  (大阪)創元社 (2007-06-10出版)
  ◎オックスフォ-ド西洋美術事典
       佐々木英也著  講談社 1989/06出版 (1989-06出版)
  ◎西洋美術館
        小学館 (1999-12-10出版)
  ◎西洋絵画史WHO’S WHO
        諸川春樹監修  美術出版社 (1997-05-20出版)



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