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「カナの婚宴」

パオロ・ヴェロネーゼ (1562-63年)

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 聖書には、ガリラヤのカナの村で行われた婚礼に、イエスと聖母マリア、そして何人かの使徒たちが招かれたと記されています。
 ところが宴の途中、ぶどう酒が足りなくなってしまいます。これは、新郎にとって恥ずかしいことです。それに気づいたマリアがそっとイエスに伝えると、イエスは六つの大きな石がめに水を入れて宴会の世話役のところへ持っていくように、と召使いに指示しました。世話役が、何も知らずにそれを飲むと、水はいつの間にか上等なぶどう酒に変わっていたのです。彼は思わず感嘆の声を上げました。「だれでも一番よいぶどう酒を最初に出すものだが、ここでは最後に出されたものが一番素晴らしい」。
 これはイエスによる最初の奇跡であり、この出来事によって、使徒たちは本当にイエスを信じるようになるのです。

 ヴェロネーゼはこの奇跡の物語を借りて、当時のヴェネツィアの街の裕福さを伝えようとしているようです。16世紀のヴェネツィアは、地中海貿易を通じて巨大な富を蓄積した、商業と航海の非常に盛んな街でした。中世後期には、イタリアで最も強力な国家になっていたのです。
 宴会の客たちは、キリストの時代のものとは違う異国風の豪華な衣装を身につけ、聖職者たちまでひどく健康的で、美しい身なりをして宴を楽しんでいます。彼らは、自らの責務を忘れてしまったかのようです。
 また、テーブルの上に並ぶ豪華な食事からも、その裕福さは伝わってきます。当時のヴェネツィアは、ヨーロッパで最先端の文化を誇っていたのです。ヴェネツィアングラスに金銀の皿と高価な食器が並ぶなか、向かって左奥の婦人は、なんと金のツマヨウジを使っているようです。
 婚礼の舞台は、まさに当時のヴェネツィア社会が夢見た理想世界です。伝統的な美しい宮殿、そして鐘楼とバルコニー、その向こうには晴れ晴れとした青い空、そして白い雲が続いているのです。

 ところで、イエスとマリアは本来、新郎新婦の座るべき場所に座し、イエスの光輪によって彼らの存在がなんとか判別できます。それほどに多くの人物が描かれているため、もちろん弟子の手を借りて描いたようです。そもそも、666×990cmの巨大な作品ですから、大変な労作だったと言えます。
 作品の中には、弟で画家のベネデットがモデルとしても登場しています。前景でぶどう酒のグラスを持ち、ポーズをとっているのが彼です。宴会の世話役のモデルなのです。顎の突き出た特徴ある横顔から、それとわかります。ほかにも、画面向かって左端には国王フランソワ1世やヴィットリア・コロンナ、カール5世など、当時の実在の著名人が描き込まれているのです。
 さらに興味深いのは、前景中央で音楽を奏でる楽士たちにはティツィアーノやティントレットなど、ルネサンスの偉大な画家たちを当てていることです。中でも、テノールビオラを演奏する白い服の人物は画家自身だと言われています。このように画家を音楽家として描くことで、ヴェロネーゼは絵画を音楽と同格に表そうとしたと思われます。ルネサンスの時代、音楽は数学に近い学問として高く評価されていたからなのです。

 このように高いプライドを持ったパオロ・ヴェロネーゼ(1528-1588年)は、ティントレットと並んでティツィアーノ以後の美術界を支配したヴェネツィア・ルネサンス最大の画家の一人でした。その輝かしい色彩は、まさにヴェネツィアの黄金時代を体現するものだったと言えます。ヴェロネーゼはどんな主題を描くときにも、明るく豊かに、少しのかげりもなく描ききることのできる画家だったのです。それは、あまりにも独自な大らかさでした。ヴェロネーゼにとって、神話画も寓意画も聖書の物語も、生命の謳歌と絵画への限りない愛を表現するための手段でしかなかったのかもしれないという気さえするのです。

★★★★★★★
パリ、ルーヴル美術館 蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎西洋美術史(カラー版)
       高階秀爾監修  美術出版社 (1990-05-20出版)
  ◎オックスフォ-ド西洋美術事典
       佐々木英也著  講談社 1989/06出版 (1989-06出版)
  ◎イタリア絵画
       ステファノ・ズッフィ編、宮下規久朗訳  日本経済新聞社 (2001/02出版)
  ◎西洋絵画史WHO’S WHO
        諸川春樹監修  美術出版社 (1997-05-20出版)



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