「ごらんください。このキッチンはとてもシンプルですが、清潔で、使いやすいように、とても魅力的に整えられています」。画家は彼自身の愛情を注いだ画集『わたしの家』の序文でそのように語っています。清潔なキッチンの中央で懸命に働く2人は画家の娘たち、長女スザンヌと四女チェシュティです。2人はバターチャーンという回転機器を使ってバターをつくっているのです。当時は家庭用のチャーンが普及していて、生クリームを攪拌することでバターをつくっていました。従来の木製のものではなく、最新式のステンレス製のチャーンがラーション家のキッチンに備えられていたことがわかります。
また、画面右側に陣取った新しい竈(かまど)は、どうやらラーションの留守中に設置されたものらしく、昔ながらの石造りの素朴な竈を愛していた画家は突然のちん入者に「技術屋のデザイン」と皮肉たっぷりに紹介しています。
しかし、それ以外のキッチンの造りは伝統的なスウェーデンの台所そのものです。よく片づいた清潔なキッチンには、この家族の心持ちそのままの表情があります。優しい会話、明るい笑顔、快活な子供たちの笑い声….。そして、開け放たれた窓からはそよ風が入り、画面のこちら側にまで吹き抜けてくるようです。ニス塗りの壁板、しっかりしつらえられた棚、アクセントとなるような赤い木製の椅子、ぴかぴかに磨き抜かれたフライパンや鍋たちの美しさに、私たちは何かとても懐かしさと幸福感に満たされるのです。
この美しい水彩画の作者カール・ラーション(1853年5月28日 – 1919年1月22日)は、スウェーデンを代表する人気画家です。油彩・水彩ともに多数の作品を残しています。
彼は1853年、スウェーデンのストックホルム旧市街のガムラスタンで生まれました。家が貧しかったことから、救貧学校に通っています。ただ、小学校に入ると担任の教師ヤークブソンがラーションの絵の才能を見出し、王立美術学校予備課程に入学手続きをとってくれたのです。そのため、ラーションは13歳で1866年に予備課程に入学することができました。彼の成績はすばらしく、その作品はたびたび表彰されました。
卒業後のラーションは生活のために雑誌や書籍の挿絵を描くようになります。1881年には劇作家アウグスト・ストリンドベリの『スウェーデン人の日常生活』の挿絵も描いています。
1877年にはパリに旅行し、帰国してから再度パリに戻ると芸術家の集まるパリ郊外の村グレー=シュル=ロワンに移ります。それは貧困に窮して病に倒れたラーションを心配した友人のカール・ヌードストロームの勧めによるものでした。ここでラーションの芸術は転機を迎えます。
彼の水彩画は自然の光にあふれ、見違えるように明るくなったのです。グレーの自然がラーションに外光派の写実主義をもたらしたのでしょう。当時、ロワン河畔のグレー村はアーティスト・コロニーと呼ばれました。19世紀の中ごろから20世紀初頭にかけて、こののどかな小さな村には多くの芸術家が集い、芸術家の楽園のような場所となっていたのです。牧歌的な村の生活でラーションの疲弊した身体は回復し、パリのサロンのために描いていた暗い寓意画や人物画とは異なる、明るくみずみずしい風景画・風俗画をわが物としていったのです。グレー村で制作した水彩画の2点は翌年の1883年にパリ・サロンで入選を果たしています。彼の自然の光にあふれた美しい水彩画はストックホルムでも高い評価を受けるようになりました。スウェーデンの富豪ポントゥス・フュシュテンベリーは早速これを購入し、やがてラーションの重要なパトロン、そして友人となったのです。
さかのぼって1882年の秋、グレー村にいたラーションは1879年のスウェーデンで初めて会った女流画家のカーリン・ベーリェーと婚約し、スウェーデンに戻った1883年に結婚しています。夫妻は7人の子宝に恵まれました。残念ながら長男ウルフは夭折しましたが、妻カーリンの父から譲り受けたスウェーデンのファールン市にある小さな町スンドボーンの、「リッラ・ヒュットネース」と呼ばれる家で子供たちを育てながら、豊かな制作生活をするようになります。子供たちはしばしばラーションのよきモデルとなり、家族の幸せはそのままラーションの作品に投影されていました。非常に貧しく苦難の多かったラーションでしたが、家庭を持ってからの彼はおそらくこの上ない充実と幸福の日々を送ることとなったのです。
この作品は、そんなラーションの充実した生活の一端を感じることのできる一作です。2人の娘たちのかいがいしく微笑ましいお手伝いを、ラーションは彼らしい鮮やかな色彩と巧みな線描表現で描き出しています。
ラーションの著作は生前に6冊、没後に1冊が出版されていますが、この作品が収められた『わたしの家族』はスウェーデンで最も愛され、親しまれている画集です。画集には水彩原画の大きな図版とともに、随所にヴィネット(飾り絵)が添えられ、表紙、扉絵、口絵などは中心となる大きな図版群とは区別して描かれ、工夫を凝らしたデザインとなっています。さらにラーション自身の言葉も添えられて、1899年のクリスマスに刊行されました。翌年、ストックホルムの国立美術館はこの画集の原画をまとめてすべて購入しています。
花模様のドレス姿の四女チェシュティは、もしかするとお手伝いには直接役立っていないかもしれません。ただ表情は可愛い帽子で隠れて見えませんが、姉の手元を熱心に見詰めているに違いない少し緊張した後ろ姿に、画家は心の中で「偉いぞ」と声をかけて励ましているのではないでしょうか。竈の隅にうずくまった白い子猫も表情が隠れて、ここには愛らしい小さい子が2人、それぞれに自分の「お仕事」に集中しているのです。
★★★★★★★
ストックホルム スウェーデン国立美術館 蔵
<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
◎366日 絵のなかの部屋をめぐる旅
海野 弘著 パイインターナショナル (2021-7-28出版)
◎カール・ラーション スウェーデンの暮らしと愛の情景 (ToBi selection)
荒屋鋪 透著 東京美術 (2016-11-11出版)
◎ビジュアル年表で読む 西洋絵画
イアン・ザクゼック他著 日経ナショナルジオグラフィック社 (2014-9-11出版)