どこか表現が固く、人物の動きも大仰なわりに生命感に乏しいという評価もあるようですが、これはラファエロの成功を決定づけ、教皇ユリウス2世によってローマに招かれるきっかけとなった重要な作品なのです。
画家は画面に二つの人物群を並置して、二つの場面を構成しています。向かって左側には白い布に乗せられ、運ばれるキリストが描かれ、3人の運搬者、そしてマグダラのマリアと悲しげにのぞき込む福音書記者ヨハネの姿が悲痛です。なお、キリストの上半身を支えるのはイエスの遺骸を引きとる許可を願い出たアリマタヤのヨセフ、足のほうを持つのはユダヤ人指導者ながらキリストに傾倒していたニコデモでしょうか。彼らは力を込めて運んでいるというよりは、やや我慢しながらポーズをとっているようにも見受けられます。
そして画面右側には、聖母が悲しみのあまり気を失い、聖女たちに抱きとめられているシーンが描かれています。彼女たちもまた、まるで舞台上の女優たちのように美しく、あくまでも優雅です。当時のラファエロの持つ明晰で調和のとれた古典的な様式が、登場人物をここまでかっちりと、緊張感をもって描かせたと言えるのでしょう。
ところで、この作品は本来、ペルージャのベリオーニ家の若者が虐殺されるという実際に起こった事件を追悼して描かれたものといわれています。殺された母親から依頼されたもので、表向きはキリストの埋葬でありながら、実は罪なき者の虐殺とその母の苦悩がテーマでした。依頼者の希望を、ラファエロは古典美術を引用した美しい板絵に仕上げたのです。
そして、ここで特筆すべきは、体をくねる人物像、奔放な線の動き、そして鮮やかな色彩ではないでしょうか。ここには、確かにミケランジェロの影響を見ることができます。
ラファエロ・サンツィオ(1483-1520年)はイタリア中部の小都市ウルビーノで生まれ、少年のころからその才能を発揮し、多くの先人の技法を短期間に吸収していきました。殊にレオナルド・ダ・ヴィンチ、フラ・バルトロメオ、ミケランジェロに傾倒していたと言われますが、この作品の人物たちを見るとき、彼がミケランジェロの身体表現に強く惹かれていたことを実感することができます。画家はまるで試みるように、人物にさまざまな要素を与え、筋肉の動き、重心の位置による人間の正しい骨格などに神経を傾けているようにさえ感じられるのです。
マグダラのマリアを初めとする聖女たちの陶器のような美しさ、遠景の精緻な描写など、ラファエロの持つ魅力を十分発揮しながらも、どこか絵空事のような、画家の興味のあり処がテーマ自体にはないような、不思議な雰囲気をまとった大作となっています。
★★★★★★★
ローマ、 ボルゲーゼ美術館 蔵
<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
◎西洋美術館
小学館 (1999-12-10出版)
◎イタリア絵画
ステファノ・ズッフィ、宮下規久朗編 日本経済新聞社 (2001-02出版)
◎オックスフォ-ド西洋美術事典
佐々木英也訳 講談社 (1989-06出版)
◎西洋美術史
高階秀爾監修 美術出版社 (2002-12-10出版)
◎西洋絵画の主題物語〈1〉聖書編
諸川春樹監修 美術出版社 (1997-03-05出版)
◎西洋絵画史WHO’S WHO
諸川春樹監修 美術出版社 (1997-05-20出版)