この作品は、16世紀の後半、宮廷貴族の娘で貞潔な淑女、ドーニャ・マリア・デ・アラゴンによって建立された学院(コレッジオ)の付属礼拝堂を飾った祭壇画の一つです。天と地が一体となった壮大な作品で、天上に座して球体を持つ神の存在がこれほど大きく、はっきりと描かれた作品は、ほかには見当たりません。
洗礼者ヨハネは駱駝の毛皮をまとい、メシアの到来を説教して回っていました。そこへヨルダンを訪ねてイエスが現れ、ヨハネはイエスの命じるままに貝扇でその頭上に水を注ぎます。
その一瞬、天が開け、聖霊が鳩の姿となって下り、天からは「これは私が喜びとする愛し子である」という声が聞こえるのです。このドラマチックな瞬間を、グレコの絵筆と感性はみごとにとらえています。
ヨハネのごつごつした腕にも、イエスの繊細な足の指にも、グレコの神経が細やかに行き届いて、祝福する天使たちの動きや表情にも、グレコならではの躍動感や神秘性が漂っています。
赤、グリーン、ブルーの原色の対比も美しく、磔刑に至るイエスの公的生活の始まりが、おそらくグレコの精神世界では、このように荘厳なものであったのだろうと十分に納得させてくれる作品です。
つとめを果たし、穏やかな安らぎに満ちた表情のヨハネと、運命を受け入れ、これからなすべきことに向かおうとする清らかなイエスの顔も美しく、この世と魂の狭間に位置するあまりにも聖なるその世界に、言葉をさしはさむ余地はないような気がします。
★★★★★★★
マドリード、プラド美術館蔵