洗礼者ヨハネはヨルダン川の傍らに立ち、跪く人々の頭に杯で水を注いでいました。説教師であった彼は、荒野で禁欲的生活を送りながら、彼のもとにやって来る人々すべてに、ヨルダン川の水でバプテスマ(洗礼)を施していたのです。彼は、天使の導きによって荒野で隠遁生活を送りながら、イエスを待っていました。
「マタイ福音書」3:13-17、「マルコ福音書」1:9-11、「ルカ福音書」3:21-22、「ヨハネ福音書」1:29-34には、
「民衆がみな洗礼を受けたとき、キリストもまた洗礼を受けた」
という記述があります。キリストがバプテスマを受ける為に現れたとき、ヨハネは、「私こそ、あなたから洗礼を受けるべきですのに」とイエスの足元にひれ伏したといいます。
キリストは腰布をまとい、くるぶしまで川の水に浸かって立っており、洗礼者ヨハネは救世主の頭に水を振りかけています。そして反対側の岸には、構図の均衡を保つかのように二人の天使が衣を手にして洗礼の様子を見つめています。キリストの頭上では天が裂け、聖霊の鳩が舞い降り、さらに上方には父なる神の両手が現れ、祝福を与えます。そして、「あなたは私の愛する子、わたしの心にかなう者である」との声が聞こえるです。罪なき者として清めの儀式を受けるキリストは、静かに目を閉じ、神の声を受け止めています。
聖書の中でも特に有名なこの場面は、多くの画家によって描かれてきました。しかし、もしかすると、最も私たちに馴染みの深い「キリストの洗礼」は、この作品かも知れません。それは、この作品に、弟子のレオナルド・ダ・ヴィンチの手が入っているからなのです。
ヴェロッキオ(1435頃-88年)は、レオナルドやロレンツォ・ディ・クレディなど、非常に弟子に恵まれた芸術家でした。彼は、フィレンツェ派の金工家であり、優れた彫刻家、画家でもあったのです。最初は金工家として修業を始めており、すでに人体の運動表現に魅力的な手腕を見せていました。フィレンツェ国立美術館に所蔵されている『ダビデ像』などは、中性的な雰囲気を持ち、15世紀においては一般的だった二次元的表現ではなく、三次元における運動表現を感じさせるものとなっています。現在、ヴェロッキオは、他よりも50年先を見据えた芸術家だったとの評価も受けているのです。そんな新しい表現を持った彼の工房は、15世紀後半のフィレンツェにおいて最大のものだったと言われ、多くの芸術家の修業の場となっていたのです。
この『キリストの洗礼』は、主要部分はすべてテンペラで仕上げられています。そして、左側に座っている天使だけは、ダ・ヴィンチが油彩を用いて描いているのです。これがレオナルドの油彩第一作だと言われていますが、それを見た師ヴェロッキオは、あまりの優雅さ、完成度の高さに、これを限りに絵筆を折ってしまったと伝えられています。もちろん、それはきっと、ダ・ヴィンチの偉大さを示す一つの伝説のようなものでしょう。しかし確かに、ヴェロッキオの真筆とされる絵は極めて数が少ないのも事実です。そして、写実表現に有利な油彩技法の、本格的な台頭を実感させる逸話のような気がします。
★★★★★★★
フィレンツェ、 ウフィッツィ美術館 蔵
<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
◎スカラ みすず美術館シリーズ〈9〉 ウフィツィ美術館
みすず書房 (1994-07-25出版)
◎イタリア・ルネサンスの巨匠たち―独自な芸術の探求者〈18〉/レオナルド・ダ・ヴィンチ
ブルーノ・サンティ著 東京書籍 (1993-11-27出版)
◎西洋絵画の主題物語〈1〉聖書編
諸川春樹監修 美術出版社 (1997-03-05出版)
◎西洋美術史(カラー版)
高階秀爾監修 美術出版社 (1990-05-20出版)
◎西洋絵画史WHO’S WHO
諸川春樹監修 美術出版社 (1997-05-20出版)