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「キリストの聖顔布を持つ聖女ヴェロニカ」

聖女ヴェロニカの画家 (1420年ころ)

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 茨の冠を被るキリストの顔がしるされた亜麻布を、両手で広げた女性….。彼女は聖女ヴェロニカといい、キリストが十字架を背負ってゴルゴダの丘へ向かう途中、亜麻布でキリストの顔の汗を拭ったとされる伝説の女性です。すると、その布にキリストの顔が写し取られたという奇跡が伝えられており、それは中世初期から、キリストの顔を真に写したものとして崇敬を集めるようになりました。
 ローマのサン・ピエトロ大聖堂には、その時の布とされるものが聖遺物として保管されていますが、これはスダリウムとも、また聖女の名をとってヴェロニカとも呼ばれています。しかし、ヴェロニカという名も、じつは vera ikon(真の画像)という言葉に由来したものなのです。
 彼女を礼拝用として描くときは、救い主の顔が写し取られた布を広げて見せている姿が一般的です。たくさんの画家が同じ主題で描いていますから、その時代によっても、また画家によっても、趣の違うヴェロニカをご覧になっている方も多いことでしょう。

 十字架を担ったキリストの受難を示す暗い図像….茨の冠も痛々しく、鑑賞する私たちも自然に悲しい気持ちに浸されてしまうテーマを持った作品です。しかし、ここに描かれた聖女ヴェロニカや天使たちからは、なぜかほっと心が温かくなるような甘やかな雰囲気が漂ってきます。伏し目がちではあるけれど、ヴェロニカは匂い立つように美しく、慈悲深さにあふれ、下方の天使たちもみな、穏やかで可愛らしい表情を見せてくれています。ここには、ドイツ・ケルン派の持つ、幸福感、優しさが遺憾なく発揮されているのです。
 15世紀前半のドイツ絵画の特徴は、全般的に明るく、暖かいものでした。「柔らかい絵画」と呼ばれ、優雅で愛らしい雰囲気を持っていたのです。とくにライン川を下ったところにある古い宗教都市ケルンを中心に活躍した、現在「ケルン派」と呼ばれる画家たちは、流麗な衣装表現、人物の優しい表情など、甘美な様式を確立していました。そのケルン派を代表するのが、逸名の画家「聖女ヴェロニカの画家」なのです。有名でありながら正しい名前が知られていないのは、彼が中世までの伝統にのっとり、作品に署名を残さなかったためなのです。そうした画家の場合は、代表的な作品名や活動した地域にちなんで「~の画家」と仮名で呼ばれることが一般的です。
 この後、ケルン派の画家たちはネーデルラントの写実主義をとり入れるようになり、生き生きときらめくような画面を形成するようになるのですが、「聖女ヴェロニカの画家」のころはまだ、色彩も赤、青、黄、緑などの原色が楽しげに調和する甘美さが特徴的でした。しかし、そこには、ただ単に甘やかで夢のような美しさだけでなく、とても独特な神秘主義的な雰囲気が込められていたことも、私たちは見逃すことができません。この一時期のケルン派は、中世精神の象徴的な存在だったと言ってもいいかも知れません。

 19世紀の初め頃、コレクターたちが古いドイツ絵画を集めるようになったとき、その板絵のほとんどがケルンとその周辺で生み出されたものであったことが判明します。それ以来この町は、15世紀の最初の約25年間、国際ゴシック様式を引き継ぎ、抒情的な特徴をしめした地域として、注目を集め続けています。   

★★★★★★★
ミュンヘン、 アルテ・ピナコテーク 蔵



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