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「キリストの降誕」

ジョルジュ・ド・ラ・トゥール (1640年)

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 その日、ユダヤの王を捜して東方からやって来た三人の賢者たちは、星に導かれてベツレヘムにやって来ました。
 折しも、ローマ皇帝アウグストゥスが「すべての民は出身地で登録よせ」というおふれを出したため、マリアもヨセフとともに住民登録のためにベツレヘムへとやって来たのです。ベツレヘムはヨセフの先祖、ダビデ王の出身地だったからです。しかし、ちょうどベツレヘムに入る頃、マリアは産気づき、ヨセフが見つけた小さな家畜小屋で男の子を出産しました。『ルカ福音書』によれば、三人のマギたちが到着したとき、マリアは嬰児を飼い葉桶の中に寝かせていたといいます。
 このシーンはその少し前の、まだ誰も訪ねて来ない、静かな時間でしょうか。幼な子をそっと、宝物のように膝に抱く聖母の、なんと慈愛に満ちた優しさでしょう。まだ新米ママらしいためらいは、神から与えられた大切な幼な子を、わが子ながらも畏れつつ抱く手の写実的で繊細な指に十分に表現されています。

  ところで、みどり児のふくよかな頭部を照らす暖かい光が、この画面の唯一の光源です。聖母の母で、ここに登場するのはちょっと不思議な聖アンナが手に持ったロウソクの炎を、もう片方の手で隠していることで、画面にはより神秘的な静けさが訪れます。そのわずかな光によって、人物はみな滑らかで円やかで幾何学的な形態に単純化され、この場の静謐な空気がみごとに構築されているのです。
 この古典的で超現実的な画面を実現させたジョルジュ・ド・ラ・トゥール(1593-1652年)は、フランス、ロレーヌ公領のリュネヴィルで終生制作を続けました。生前には著名な画家でしたが、その後、長く忘れられていました。しかし、1915年になって、研究者H・フォッスの手で再評価を受け、その鋭い写実と明暗表現が再び人々を魅了することとなります。この作品、原題『新生児』も、はじめは同時代の、農民をテーマとして多く描いた画家ル・ナン作とされていたものを、フォッスによって正式にラ・トゥール作と認められたのです。
 「いと高きところには栄光、神にあれ。地には平和、御心に適う人にあれ」
と、天使と天の大軍が神を賛美したという主の降誕の夜は、じつはこのように静かに、やさしく過ぎていったのかも知れません。

★★★★★★★
フランス、 レンヌ美術館 蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎岩波美術館 歴史館〈第10室〉バロックとロココ
        高階秀爾著  岩波書店 (2003-01-22出版)
  ◎新約聖書
        日本聖書協協会
  ◎西洋絵画の主題物語〈1〉聖書編
        諸川春樹監修  美術出版社 (1997-03-05出版)
  ◎西洋美術史(カラー版)
        高階秀爾監修  美術出版社 (1990-05-20出版)
  ◎西洋絵画史WHO’S WHO
        諸川春樹監修  美術出版社 (1997-05-20出版)



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