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「キリストの降誕」

ペトルス・クリストゥス (1450年ごろ)

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 まるで絵本のように可愛らしい、キリストの降誕図です。静かな表情でわが子を見つめる聖母マリアの外衣の裾には、輝くようなみどり児、イエスが横たわっています。
 他の人々はイエスに心を奪われているのに、イエスは、その誰をも見てはいません。天を見つめているのです。目をぱっちりと開け、将来、自分が帰って行くところを、じっと確認してでもいるかのようです。
 それというのも、美しい空の下、彼方に見える町並みはエルサレムの景色です。この地で、イエスは後に十字架に架けられることとなるのです。しかし画家は、そんな運命の地を、あっけらかんと明るく平和に描き込んでいるのです。

 ペトルス・クリストゥス(?~1472/73年)は、初期ネーデルラント出身の印象深い画家です。1444年ににブリュージュで親方となってからの活動が認められており、巨匠ヤン・ファン・エイクやロヒール・ファン・デル・ウェイデンの影響を受けながら、独自の表現を模索していきました。殊に、ファン・エイクの死後、その工房を引き継いだことでエイクの実質上の継承者としても知られています。
 ただ、クリストゥスの描く人物表現はどこか硬く、もう一つ生気には乏しいとされてきました。確かに、ここにも見られるように、人物たちは動きを止めたお人形のようです。しかし、だからこそ、この美しいお伽噺のような画面が実現したとも言えます。聖母マリアも聖ヨセフも、穏やかで優しく、ひたすら可愛らしい存在です。一緒に幼な子を礼拝する四人の天使たちも、その小ささに関わらず、ここでは少しも違和感がありません。
 考えようによっては、クリストゥスは人物の表現よりも、空間表現にこそ深い関心を寄せていたのかもしれません。北方絵画において、幾何学的遠近法を採り入れた最初の画家であったことは特筆すべきことです。クリストゥスは、自らの技量が決してエイクやウェイデンを超えるものではないと知っていたのかもしれません。だからこそ、独自の特徴を後世に残したいと考えたような気がします。

 ところで、聖家族のいる厩は、教会の入り口のように、彫刻で縁取られたアーチによって飾られています。このアーチは、まるでだまし絵のように見る者の目を奪います。ここには、「創世記」の中の六つの物語が彫刻されているのです。
 アダムとイヴの楽園追放から始まって、アダムが土地を耕し、イヴが糸車を回して労働し、収穫を行う様子、さらに、二人の子であるカインが嫉妬から弟のアベルを殺し、二人が息子に別れを告げる場面で彫刻は終わります。そこには、人類が最初に犯した罪が描き出されており、やがて、原罪から人類を救うこととなるキリストの運命が予言されているのです。
 さらによく見ると、アーチの基部には、重いアーチを苦しそうに支える二人の人物が見てとれます。原罪の重みを、文字通り一身に背負わされた彼らの姿は、厩の中の平和な空気とは一線を画します。聖家族の平穏がほんのひとときであることを、多くの人々が実感するところです。

 ところで、どうしても気になるのが、四人の小さな天使たちではないでしょうか。彼らは小さいながら、聖母や聖ヨセフ以上に緻密に描き込まれているように見えます。特に手前の天使の衣装の豪華さには目を引かれますが、これは、クリストゥスの時代の司祭が実際にまとっていたもので、天使が、生まれた子を祝福する役割を果たしているのです。
 さらに、崩れかけた厩の壁の向こうからこちらを覗き込んでいるのは、羊飼いたちのようです。ひそひそと話し合いながら遠くから見守る様子は、他の画家たちが描いた、全身で喜びを表す羊飼いたちとは雰囲気が異なります。彼らは、救い主の誕生を決して喜んでいるようには見えません。すでに、キリストの生涯の苦難に思いをはせ、悲しみに沈んでいるようにさえ見えるのです。この秘やかさこそ、クリストゥスらしさなのかも知れません。

★★★★★★★
ワシントン・ナショナル・ギャラリー、 アンドルー・W・メロン・コレクション 蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎西洋名画の読み方〈1〉
       パトリック・デ・リンク著、神原正明監修、内藤憲吾訳  (大阪)創元社 (2007-06-10出版)
  ◎オックスフォ-ド西洋美術事典
       佐々木英也著  講談社 1989/06出版 (1989-06出版)
  ◎西洋美術史(カラー版)
       高階秀爾監修  美術出版社 (1990-05-20出版)
  ◎西洋美術館
       小学館 (1999-12-10出版)



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