毛むくじゃらの脚、蹄、尾、ヒゲ面、角などの特徴を持つサテュロスは、バッコス(ディオニュソス)の従者とも言われる古代ギリシャの森や山の精ですが、中世やルネサンスの寓意では、悪徳・淫欲の擬人像とされています。
そんなサテュロスが主人公ですが、これは古代神話ではなく、イソップの寓話による作品です。
寒い雨の夜を旅していた男が、サテュロスの一家から夕食を勧められました。旅人は、まず凍えた手に息を吹きかけて暖めてから、今度はスープがとても熱かったので、それを冷まそうとして再び息を吹きかけました。ところが、それを見たサテュロスは、突然怒り出したといいます。「暖かい息を吐いたり、冷たい息を吐いたりする節操のない客はいやだ」というわけです。
つまらないことで怒り出すサテュロスには呆れますが、指を突き立てて怒るサテュロスじいさんと、それを見守る人々の驚いたような表情の対比がユーモラスです。的外れな言いがかりをつけられた旅人の人を食ったような顔といい、どうも決して本気で怒っているわけでもなさそうなサテュロスといい、何とも楽しい作品となっているのです。
ヨルダーンスは、このテーマを好んで描きました。同主題の作品が少なくとも他に6点、アルテ・ピナコテーク、ベルリン美術館などのものが知られています。
ネーデルラントは15世紀以来、政治的・文化的統一体を保持してきましたが、17世紀の初めに、新教を奉じる独立国オランダと、スペインの支配下に残ったフランドル(ほぼ、今日のベルギーに当たる)に分裂しました。
カトリック国のフランドルにおいては、偶像破壊運動によって荒廃した教会の再興が進められ、ルーベンスの「キリスト降下」のような大規模な祭壇画が次々に発注されましたが、一方、現実の身近な世界に目を向けた静物画や風景画、そして風俗画が大いに流行したのです。
ヤーコブ・ヨルダーンス(1593-1678年)はルーベンスの影響下に活動し、ルーベンスの没後は彼にかわってフランドル画壇をリードした画家です。ルーベンス風の柔らかな筆致と輝くような色彩で宗教画、神話画、歴史画だけでなく寓意画、肖像画など幅広い制作をこなしています。
しかし、もしかすると何といっても、ヨルダーンスほどフランドル土着の写実精神を体現した画家はいなかったかもしれません。フランドルの諺に基づく彼の風俗画は、市井の人々に大変な人気を博しました。賑やかに飲み食いする人々の表現は、当時の民衆の心をしっかりとつかんでいたようです。ヨルダーンス自身、そんな庶民の生き生きとした生活ぶりをとても愛していたのかもしれません。
★★★★★★★
ブリュッセル王立美術館 蔵
<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
◎西洋名画の読み方〈1〉
パトリック・デ・リンク著、神原正明監修、内藤憲吾訳 (大阪)創元社 (2007-06-10出版)
◎西洋美術館
小学館 (1999-12-10出版)
◎西洋美術史(カラー版)
高階秀爾監修 美術出版社 (1990-05-20出版)
◎オックスフォ-ド西洋美術事典
佐々木英也著 講談社(1989-06出版)
島田紀夫著 小学館 (2004-12 出版)