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「シエナの聖カタリナの法悦」

ポンペオ・ジェローラモ・バトーニ (1743年)

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 キリスト像から発せられる光に射抜かれたシエナの聖カタリナは、両手を広げて忘我の境地です。そんな彼女を支える天使たちも美しく、画家の巧みなデッサンによって中性的な魅力にあふれた表現となっています。

 シエナの聖カタリナはキリスト教の神秘主義者であり、ドミニコ会修道女でもありました。白いトゥニカ(内衣)と黒いマントというドミニコ会の修道服を身につけ、足元の天使が純潔の象徴としての百合を持つことで、聖カタリナその人であることを示しているのです。
 彼女の幻視体験は7歳のころから始まったと言われていますが、これはある日、キリストの幻が現れ、彼女に二つの冠を見せて選択をさせたという伝説から想を得た作品となっています。一方の冠は黄金と宝石でできており、他方は茨の冠だったのですが、聖カタリナはキリストの前にひざまずき、茨の冠を受け取ったのです。
 あえて茨の冠を選んだ聖カタリナのために、向かって左手前に立つ天使がそれを差し出そうとしているわけですが、この天使の顔の美しさは現代的で、どこかアニメのヒーローのような趣きです。こうした洗練された明晰さこそバトー二だったという気がします。
 そして、シエナの聖カタリナを支える天使たちの髪が風になびく様子は確かに18世紀前半の画家らしい動的な表現なのですが、画面全体の印象は随分と抑制され、一つの絵としてきれいにまとまっています。その破綻のなさが、またバトー二らしさかもしれません。

 作者のポンペオ・ジェローラモ・バトーニ(1708-1787年)は、18世紀ローマ派の重要な位置を占める画家であり、ロココ美術とヴェネツィア美術にとってかわるような、新しい形式を見いだした画家だったのです。彼はローマでの修業中、特にラファエロと古典美術を学んだことで、アカデミーの規範に縛られてきた絵画の改革を提案するようになりました。その結果、こうした簡潔な構図、明快で整然とした画面が実現し、その高度に洗練された様式はロココの軽薄さに反発し、健全で簡素な主題を求めた新古典主義の始まりを示すものとなっていきました。それは古典古代を単に模倣するだけのものではなく、理想的な美を追求しようとする新しい時代の息吹にあふれたものだったのです。

 画面の中で、大胆な動き、強烈な感情表現は抑えられていますが、丁寧で明快な描写、美しい人物たちは、確かに新しい刺激的な風を感じさせてくれます。新しい時代の聖カタリナは、ちょっと困ったような表情を見せつつ、自らの使命を全身で受けとめているようです。

★★★★★★★
ルッカ、 ヴィラ・グイニージ美術館 蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎西洋美術館
       小学館 (1999-12-10出版)
  ◎イタリア絵画
       ステファノ・ズッフィ、宮下規久朗編  日本経済新聞社 (2001-02出版)
  ◎オックスフォ-ド西洋美術事典
       佐々木英也訳  講談社 (1989-06出版)
  ◎西洋美術史
       高階秀爾監修  美術出版社 (2002-12-10出版)



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