ああ、これこそヴァトー…とため息の出るような、ヴァトー晩年の傑作です。
ヴァトーといえば、この夢のような美しさ、気品、優雅さ…文字どおりロココ絵画の創始者たる彼の面目躍如の大作です。
ロココ絵画とは、モーツァルトの音楽のように典雅で美しく、極度に洗練された芸術であり、そのために、かえって生命感の稀薄さが指摘されがちです。しかし、この典麗さ、優雅さ、そしてほのかなメランコリーとアンニュイの表現は多くのロココ画家とは一線を画しており、ヴァトーを越える人はいないだろうと思うのです。
この作品は、ヴァトーが肺病の治療もかねたロンドン滞在を終えて、疲れ果ててパリに戻り、画商ジェルサンの家の客人となっている時期に、ジェルサンの店の光景を描いたものです。店員たちがルイ14世の肖像を木箱におさめようとしているところですが、よく見ると、壁に掛けられたさまざまな絵画が作者までわかるほどに明瞭に描かれていて、そのヴァトーの技量には圧倒されます。
そして、特に目を引かれるのは、右側でゆったりと腰をかけて隣の男性に話し掛けている女性の描写のみごとさです。彼女のドレスの素晴らしい質感や趣味の良さ、輝くようなピンク色の肌と上流階級の婦人らしい優雅な身のこなしも、明確で乱れのない線も、まさしくヴァトーならではの美しさです。
しかも、この作品は「なまった指を元にもどすため」に、たった一週間で描き上げられた、というエピソードつきです。この大画面(163×308センチ)をたった一週間…と考えただけでも、彼の仕事の速さがわかります。
ヴァトーはわずか36歳の若さでこの世を去りますが、たった十数年の制作期間に、ほぼ200点の油絵、1000点弱のデッサンと版画を残しており、そのスピード制作ぶりが偲ばれます。
しかし、ヴァトーが18世紀を代表する、フランス的な優しさ、詩情に富む作品を数多く残していることから、ブーシェのような宮廷の主席画家となって大活躍していたような印象を持ってしまうのですが、事実はかなり違いました。彼は、晴れがましい公的な場での活躍を嫌い、むしろ気心の知れた数少ない友人たちとの交友を暖め、静かに暮らし、好きな仕事をこつこつ続けたいと望む、非常に地味で、そして少し気難しい人物だったようです。
無口で、デッサンをしていなければ考えこんだり読書をして気晴らしを楽しんでいた…というヴァトーの手から、あのように雅びで物語的な作品群が紡ぎ出されたことを思うと….なんとも神秘的で、そしてますます彼の作品に引き付けられてしまうのです。
そして、彼が奇しくも天才モーツァルトとほぼ同じ36歳で生涯を閉じたことにも、不思議な符号を感じてしまうのです。
★★★★★★★
ベルリン シャルロッテンブルグ城蔵