フランス・ハルス(1581~1666年)といえば笑顔……。彼の描いた肖像画に出会うとき、私たちは何とも幸せな、そして信じがたい思いにとらわれます。なぜ画面の中の人物たちは一様に、こんなに生き生きと生気あふれて微笑んでいるのでしょうか。これまでに、こんな肖像画を見たことがあっただろうか、と自問自答してしまうのは、おそらく私だけではないと思います。
17世紀オランダ絵画の黄金時代を支えたのは、まさに市民階級の現実感覚だったと言えます。新興国オランダにおいては、従来のキリスト教や古典神話を主題とした作品よりも、ありふれた日常、その中に生きる人々や水車のある風景、豪華な食器の並んだテーブルを描いた作品等に人々は強い興味と共感を寄せたようです。そんな中で、市民たちの間では、肖像画を注文することが流行していました。
しかし、肖像画とは、本人と身内だけが見て楽しいものであって、芸術作品としての価値を有する肖像画というと、やはりなかなか難しいものです。他人をもうならせる肖像画を描くには、かなりの力量が必要なのでしょう。
ところが、それをみごとに成し遂げ、後世の私たちまでも魅了してしまったのが、風俗画ふうの肖像画を得意としたフランス・ハルスでした。ハルスの描く肖像画のモデルたちは不思議なほどに皆リラックスし、つやつやと輝く生命力を有し、今にも私たちに向かって話しかけてきそうです。それは、ハルスの闊達で大胆な色の置き方に秘密があったと言われています。アッラ・プリマと呼ばれる直描きの手法は、才能にあふれ、確かなデッサン力を持ったハルスならではのものだったのです。
彼女の大きく開いた胸元に目が吸い寄せられている間に、うっかりお金を巻き上げられた男性も多かったことでしょう。ひとくせありそうな庶民の絶妙な表情を鋭い観察眼でくみ上げたハルスは、モデルの警戒心を解かせる天才でもあったのかもしれません。
★★★★★★★
パリ、 ルーヴル美術館 蔵
<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
◎西洋美術史(カラー版)
高階秀爾監修 美術出版社 (1990-05-20出版)
◎名画への旅〈14〉/17世紀〈4〉市民たちの画廊
高橋達史・尾崎彰宏 他著 講談社 (1992-11-20出版)
◎西洋美術館
小学館 (1999-12-10出版)
◎オックスフォ-ド西洋美術事典
佐々木英也訳 講談社 (1989-06出版)
◎西洋絵画史WHO’S WHO
諸川春樹監修 美術出版社 (1997-05-20出版)