この透明感に満ちた美しい冬の情景は、17世紀前半のオランダで活躍した、アムステルダム生まれのヘンドリック・アーヴェルカンプ(1585-1634年)の作品です。風景画でありながら、どこかお伽噺めいた、夢の世界のように感じられます。
青と薄茶の冷たい色彩が、画面に張りつめた空気を与えています。地平線は高く設定され、前景に細密に描かれたたくさんの人々に十分な活躍の場を与えているようです。
氷上でアイス・ホッケーに似た遊びに興じる人々、スケートやソリを楽しむ人々、ボートを使って移動する人々など、あらゆる階層の人々が外に出て、氷の上を満喫しています。中には、ワラやバケツを運んで立ち働く人々も見受けられます。みな、生き生きとチャーミングに、そして如何にも楽しそうに描き込まれているのが印象的です。
作者のアーフェルカンプは冬のオランダの、こうした風景画を得意としていました。彼の作品はとても人気があり、殊に風景の中の人々の緻密で繊細な表現には定評がありました。17世紀オランダ画派最初の風景画家であったと言われています。
多くの作品が、収集家のアルバムに貼り付けられるように水彩で描かれた小さなものでした。イギリスの女王エリザベス2世も、ウィンザー宮殿にみごとなコレクションを有していたといいます。そこまで多くの人々に愛されたアーヴェルカンプが、現在、あまりお馴染みの画家でないのは少し残念です。ネーデルラントのルネサンス期を代表する二人の画家、ボッスにもピーテル・ブリューゲルにも似た画風ですが、やさしく美しい透明感は、二人の巨匠とは何かが違います。目を凝らして見ると、人々は殆どこちらに背を向けているようです。この慎ましさ、毒の無さが、もしかすると、才能に溢れながら当時の人気画家にとどまった所以なのかもしれません。
画面向かって左手前の建物には、アントウェルペン市の紋章がついています。建物の窓からバケツが引き上げられている様子から、ここがビールの醸造所であり、酒場であることがわかります。ビール製造に使う水が引き上げられているのです。アントウェルペンの紋章はフランドル絵画と、アントウェルペンで活躍したブリューゲルへの秘やかなオマージュなのかもしれません。
ところで、こんなに静かな印象のアーフェルカンプですが、この作品の中でチョットひょうきんな面を見せています。向かって右側の納屋の壁をよく見ると、「Haenricus Av」という署名と、子供の落書きのような線画が見てとれるのです。こんなところにそっと自分を主張するあたり、誕生したばかりのオランダ共和国における画家の誇りと自負が、遠慮がちに、しかし確かに感じられるようです。
★★★★★★★
アムステルダム、 国立美術館 蔵
<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
◎西洋名画の読み方〈1〉
パトリック・デ・リンク著、神原正明監修、内藤憲吾訳 (大阪)創元社 (2007-06-10出版)
◎西洋美術館
小学館 (1999-12-10出版)
◎西洋美術史(カラー版)
高階秀爾監修 美術出版社 (1990-05-20出版)
◎オックスフォ-ド西洋美術事典
佐々木英也訳 講談社 (1989-06出版)
◎西洋絵画史WHO’S WHO
諸川春樹監修 美術出版社 (1997-05-20出版)