セザンヌ夫人のオルタンス・フィケは明るい人だったそうです。セザンヌの言葉を借りれば「スイスとレモネード以外に何ら」興味を持たない女性だったそうで、内向的で凝り性のセザンヌとはまったく対照的な性格だったようです。
その証拠に、精神的な不安定を露呈した作品ばかりを発表していたセザンヌが、モデルでお針子のオルタンスと知り合ってからはガラっと作風を変え、印象派の画家たちのように戸外での風景制作を仕事の中心にしていくようになります。
それなのに、このセザンヌ夫人は悲しそうです。言いたいことがいっぱいある・・・という感じです。もちろん、これは単にモデルとしてのポーズなのでしょう。でも、もしかすると、セザンヌに対してそうとう不満を持っているから、こんな表情になってしまったのかも知れません。
セザンヌはひどい父親恐怖症でした。金持ちで暴君的な父親を心底恐れていたのです。そのため、オルタンスとの間に息子ポールが生まれてからも、長い間、新しい家族のことを父親には言い出せずにいました。ポールは私生児として育てられたわけで、結局セザンヌは、息子を自分と同じ境遇に置いてしまったわけです。
そうしたいきさつをオルタンスが快く思っていなかったのは当たり前で、この作品が描かれた頃はやっと正式に結婚してはいたものの、心の中は若い頃のようなのびやかな明るさを失ってしまっていたのかも知れません。その表情からは、深い生活の疲れが感じられます。
セザンヌ自身も、オルタンスを描きたくて描いたわけではなく、ドレスの平べったい寒色の縦縞を同系色の背景で囲むことにだけ関心があったようにさえ思えてしまうのが、少し悲しい作品です。
このあと、オルタンスがこちらを向いて、いつもどおりの陽気な笑顔を見せてくれるといいのに…..と思うのは、管理人だけの思いではないかもしれません。
★★★★★★★
フィラデルフィア美術館蔵