なんと美しく、つややかなタマネギなのでしょう。この世で最も清らかで明るく、澄み切った光を一身に浴びたタマネギたちです。ルノワールらしい繊細なタッチは、降り注ぐ光の一筋一筋までも丹念に描き出し、何の変哲もないタマネギにさえ生き生きとした表情を与えてしまいます。タマネギたちはコロンと転がりながら、幸せそうに、心地よさそうに光のシャワーを満喫しているようです。
ところで、静物画といえば、まず花瓶に生けられた花や、器に盛られた果物などを思い浮かべます。実際、ルノワールは多くの花を描いており、それは柔らかな色彩の、みずみずしく美しい作品ばかりです。磁器絵付け職人として出発したルノワールは生活の糧を得るため、静物画を多く制作しているのです。
そこには、19世紀における静物画の地位の向上という事情があります。そのきっかけとなったのが、18世紀フランスの画家シャルダンが描いた静物画の再評価でした。その動きに触発された美術愛好家たちはこぞってシャルダンの静物画を求め、画家たちにも多くの注文が集まったのです。それまでは脇役でしかなかった静物画が、その装飾性ゆえにブルジョワ層の人気を獲得することとなっていきました。
しかし、ルノワールは意外にも、あまりにも地味で、とても主役にはなれないようなタマネギの静物も描いていました。これは、もしかすると、注文の作品というより、画家自身の強い興味によるものだったのかもしれません。厨房の片隅にひっそりと置かれたタマネギの絵を、わざわざ注文する人がいるとも考えにくいような気がします。しかし、ルノワールの手にかかると、こんなに華麗でみずみずしい画面が実現することを熟知したパトロンがいたのかもしれません。
この年ルノワールは40歳となり、大きな節目を迎えています。肖像画家として成功し、生活にもゆとりが生まれた彼は、初めての海外旅行に出掛けているのです。当時、フランスの植民地だったアルジェリア、そして秋にはヴェネツィア、フィレンツェ、ローマ、ナポリと、それは刺激的で新鮮な旅となったようです。その中でルノワールは、色彩画家として新しい目を開き、古典への回帰の念をも強くしていったようです。
この年をきっかけに、ルノワールの画面は大きな変化を見せ始めるのですが、このまぶしいほどに踊る光、こぼれるような明るい色彩は、特に異国情緒に満ちたアルジェリア旅行の成果そのもののように感じられます。
★★★★★★★
個人蔵
<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
◎ルノワール
ウォルター・パッチ著 美術出版社 (1991-02-10出版)
◎ルノワール―その芸術と生涯
F・フォスカ著 美術公論社 (1986-09-10出版)
◎西洋美術史(カラー版)
高階秀爾監修 美術出版社 (1990-05-20出版)
◎西洋絵画史WHO’S WHO
諸川春樹監修 美術出版社 (1997-05-20出版)