小舟に乗ったダンテとウェルギリウスが地獄の池を渡っていると、たくさんの亡霊が助けを求めてしがみついてくる・・・という、芥川龍之介の「蜘蛛の糸」を彷彿とさせる凄惨な場面です。
しかし、劇的で躍動感があり、尽きることのない生気がみなぎるようで、そのエネルギーには圧倒されます。
この絵は、24歳のドラクロワが初めてサロンに出品し、入選を果たしたもので、ドラクロワの原点ともいえる作品です。
小舟の上のダンテとウェルギリウスを中心として、しがみつく亡者たちを三角形図法に組み合わせ、激しい情念の世界を描いています。それまでになかったドラマティックな表現に、審査員のグロは感激し、強力に推薦したといいます。
その動きだけでなく、色彩も生命感にあふれていて、ダンテの頭部を包む布のはっきりした赤の表現に、背景の黒褐色や濃い青が対比をなして、画面全体を引き締めています。
ドラクロワはロマン派の巨頭と呼ばれていますが、その画業は単に一流派を代表するというだけにとどまるものではありません。小さい頃から音楽や文学に格別の才能を発揮した彼が絵画の道を選び、その総合的な芸術的感性の鋭さによって、旧来の古典派とは対極のロマン派へと絵画の内部から改新し、成熟させていった功績は偉大・・・の一言に尽きます。
そういう意味で、この初期の作品にも、すでにドラクロワのなみなみならぬ才能の芽を見ることができます。亡者たちのうめき声や呪いの声がこちらにも聞こえて来るようで、恐ろしいけれど、なぜか目が離せなくなる大作です。
★★★★★★★
パリ、 ルーヴル美術館蔵