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「チョコレートを運ぶ娘」

ジャン=エティエンヌ・リオタール (1743年)

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 まだ10代と思われる年若いメイドが、やや緊張気味に運んでいるのはチョコレート・ドリンクです。18世紀当時は恐らく王侯貴族や富裕な家庭でしか楽しむことがかなわなかった贅沢品、一言でチョコレートとはいっても今のココアとは趣きの異なる濃厚な飲み物だったと言われています。
 メイドの持つお盆は漆塗りでしょうか。その上にボヘミアグラスらしきコップとマイセンのカップ&ソーサーが載っています。ソーサーには銀の持ち手がついており、カップも2段になっています。コップの水を通したお盆の縁の屈折の加減など、本当に丁寧に描写されているのがわかります。
 メイドの衣装の精緻な描写はシャカシャカという衣擦れの音までも聞こえてくるようで、ピンク色のメイド帽とエプロンの質感の違いまで描き分けられているところに、この画家の並々ならぬ技量が感じられます。しかもこの作品は、油彩ではなくパステルによる逸品なのです。

 この作品を描いたジャン=エティエンヌ・リオタール(1702年12月22日-1789年6月12日)は、18世紀スイスの巨匠と言われています。彼の父はフランスから亡命したユグノー教徒の宝石商でした。そんな父親の血を受け継いだのでしょうか、リオタールは精緻な細密画家の先駆者とも言われています。
 リオタールは1725年からパリで絵画を学び、その後1735年にローマへ行って法王など聖職者の肖像画を描いています。その3年後にはコンスタンティノープルへ渡り、ここで東洋的な服を着るようになったために「トルコの画家」というあだ名がついたことでも有名です。そして次はウィーン、イタリアへ。このときアルガロッティという著述家にこの「チョコレートを運ぶ娘」を売ったとされています。一旦パリに戻りますが、すぐにロンドン、オランダ、そして結婚するとまたウィーン、パリ、イギリスなど、求められて肖像画を描くために旅をして、1776年にやっと帰郷して1789年にジュネーブで死去しています。何と忙しい、仕事のために旅から旅の人生だったことが伺えます。

 リオタールは18世紀ヨーロッパの諸大国の宮廷で絶大な人気を集め、教皇、英仏の王族たち、神聖ローマ皇帝とその一族、その他多くの貴人たちの肖像画を制作しました。
 ところが彼は、なぜかモデルの美化に無関心だったと言われています。そのために大事な顧客の機嫌を損ねることもありました。肖像画制作においてモデルの美化が当たり前だった当時にあって、これは異例のことでした。それでも彼の人気は絶大でしたし、ヨーロッパ宮廷で大いに受容されたのですからある意味一つの謎とも言えます。
 その理由は定かではありませんが、もしかすると宮廷人たちが親しい人物の肖像画に求めたものの裏には、少し複雑な宮廷事情があったのかもしれません。例えばフランスの宮廷では他人の容姿を辛辣に批評する風潮があったようで、そこではモデルを美化しない肖像画は大いに共感を得て受容されたと思われます。
 また、ウィーンのハプスブルク宮廷では政略結婚を重ねた結果、親族が遠く離れて暮らすことが多く、肖像画に美しさよりも家族・親族に対する思慕の念をこそ求めたかもしれません。オーストリアの君主マリア・テレジアなどはリオタールを殊に気に入っていましたが、彼が描いた皇子らの肖像画にモデルの個性が虚飾なく描き出されたことで、子供たちの自然な姿を見出していたと考えられます。また母として、一族の肖像画からモデルの健康状態をも読み取っていたに違いありませんから、リオタールをフランスに派遣しマリー・アントワネットの肖像画を描かせたのも、特に心にかかる娘の近影、偽りのない報告を期待したことは十分に予想されます。
 リオタールは従来の画家たちの常識や流行にとらわれず、モデルの美化を放棄したことで比類ない地位を獲得した希有な画家と言えるのかもしれません。

 頬をバラ色に染めて緊張したメイドは、それでも背筋をすっと伸ばし、これから大切なお仕事を滞りなく務めるために歩を進めています。それを見守る私たちは、思わず「がんばって!」と拳を握ってしまうのです。

★★★★★★★
ドイツ、 ドレスデン絵画館 蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>

  ◎ビジュアル年表で読む 西洋絵画
       イアン・ザクゼック他著  日経ナショナルジオグラフィック社 (2014-9-11出版)
  ◎オックスフォ-ド西洋美術事典
       佐々木英也著  講談社 1989/06出版 (1989-06出版)
  ◎西洋美術史(カラー版)
       高階秀爾監修  美術出版社 (1990-05-20出版)
  ◎西洋美術館
       小学館 (1999-12-10出版)



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