敬虔で静かな表情の中に、若々しい明るさが印象的なポルティナーリ夫妻です。これは、二人の結婚に際して注文されたものだと言われていますが、そもそもは二連画ではなく、中央に聖母子図を配した三連画でした。つまり、今は失われた聖母子に祈りを捧げる夫妻…という構成だったわけです。二人の表情がとても柔和なのは、きっとその聖母の抱く幼な子が、とても愛らしいからなのに違いありません。
14世紀から15世紀初期にかけてのアルプス以北では、宮廷や官僚のほかに、裕福な市民階層もまた芸術家にとっては重要なパトロンでした。そして、その中でも、メディチ銀行のブリュージュ店支配人トンマーゾ・ポルティナーリは代表的な人物の一人でした。彼はファン・デル・フースの有名な『ポルティナーリ祭壇画』をはじめ、メムリンクにも宗教画などを依頼しています。彼ら富裕な市民たちにとって板絵の注文は、貴族の持つ高価な工芸品の代用のような感覚だったのかも知れません。
ハンス・メムリンクは15世紀ドイツのマインツ近郊出身の画家でしたが、1465年にブルッヘの市民権を得てから、同市の聖ヨハネ病院、また王侯貴族、商人のための制作に励み、ファン・エイク没後の同市の代表的な画家となりました。「偉大な二流画家」という、あまり嬉しくない評価を得ながらも、優美でやや華奢な感じのする人物画、そして甘美で穏やかな雰囲気は多くの人々に愛され、その画風は、後にヴィクトリア朝の画家たちをも魅了することとなります。もしかすると、二流であることこそ、古今を問わず、一般の人々の心をもっともとらえて離さない秘密なのかも知れません。
★★★★★★★
ニューヨーク、 メトロポリタン美術館蔵