じっとこちらを見つめている厳しい目の光・・・。不自然な足の投げ出し方からもわかるように、この人物は王宮内に住む矮人(エナーノ)です。一瞬、はっとさせられるようなこの作品は、真実を客観的に描ききろうとするベラスケスの、まっすぐな目を通した逸品です。
彼はあえて、王宮内の道化師、矮人(エナーノ)、身体の不自由な人々をシリーズで描いています。もしかすると、これは普通の画家たちによって避けられてきた対象であったかも知れません。しかし、彼はあえてこうした人々に光を当て、無感動に客観的に、しかしこの上なく厳粛な態度をもって描き続けました。
当時、王宮内にはこうした人々が多く迎えられていました。彼らは王侯貴族の退屈をまぎらす玩具として扱われていたのです。形式主義に生きる王侯貴族たちは、虚偽の世界の中で精神的に腐りきっていたのでしょう。ベラスケスのにがにがしい思いが、こちらに伝わってくるようで、思わず胸を突かれます。「王家の画家」などともてはやされながらも、ベラスケスはその立場に安住などせず、冷静な目で彼らの生態を見つめていたのだと実感させられます。この矮人(エナーノ)の強い目の光は、ベラスケスの真実を透過する目の光そのものなのかも知れません。
しかし、この作品の素晴らしさはそうしたこととは別に、芸術としての完成度の高さにあるのです。
左から差し込む光は画面にふわりとした空間と奥行きをあたえ、前面短縮法という技法で、この人物の存在感を高めています。丹念に描き込まれた赤と緑の衣装が人物にくっきりとした印象を与え、彼の特徴や性格をさえも永遠化し、みごとな芸術としてしまっています。しかもその制作態度はあくまでも禁欲的であり、無感動なまでに客観的で、その作品に対する精神性の高さが、王侯貴族たちとは対照的な真実の人生に生きる人間に高貴な存在感を与えているのです。
★★★★★★★
マドリード プラド美術館