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「ニンフとサテュロス」

ウィリアム・アドルフ・ブグロー(1873年)

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 画面左上からの強い光によって作り出される明暗の中に、女性の柔らかく美しい肌と男性の持つ力強い筋肉が対比されて浮かび上がります。絹のような滑らかな質感と強固でたくましい質感の違い、これを明確に描き分ける技量の確かさが光ります。当時の19世紀フランス画壇で最も偉大な画家の一人と謳われたウィリアム・アドルフ・ブグロー(1825年11月30日 – 1905年8月19日)の力を改めて認識させられるのです。
 

 ブグローはアカデミズムの美術教育を受け、非常に細密で写実的な技法で神話的なテーマ、日常生活の中にたたずむ女性像などを多く描きました。殊に古典的な技法やルールに基づいた描写は高く評価され、しばしばサロン(パリの大規模な展覧会)で金メダルを受賞しています。
 彼の作品には光と影のコントラストが巧みに表現されることが多く、特に裸婦を描いたシリーズにはその美しさは遺憾なく発揮されています。さらに近代の聖母子像ともいうべき愛情あふれる母子を描いたシリーズ、そして可愛らしい少女を描いたシリーズも、ブグローならではの夢のような世界です。
 生前はそのように名声も高く、甘美な画風で人々に愛されたブグローでしたが、20世紀以降に起こったさまざまな絵画革新運動の中で、過度に装飾的であるとして批判されるようになり次第に忘れられていきました。時代遅れという言葉で貶められたりもしたようです。
 しかし、真に力のある作品群は20世紀末になると再び見直され、再評価されるようになりました。美しいブグロー。私たちはもう一度、この不世出の画家が創り出した美学世界、じっとこちらを見つめる少女たちの汚れない瞳を見つめ返すときなのかもしれません。
 

 ところで、この複数の人物が絡み合う複雑な構図の作品は、ギリシャ神話の「ニンフとサテュロス」がもととなっています。ブグローはその間に横たわる官能的な緊張感を描いているのです。 
 ニンフ(ニュンペー)は、ギリシャ神話に登場する精霊です。水辺や森、山、泉、河川など自然界のさまざまな場所に住み、若い女性の姿をしていると言われます。それぞれが すみかを守っており、水の精や森林の精霊として描かれることが多く、また自然のエネルギーや豊穣の象徴とされています。彼女たちは神々や英雄たちと関わることも多く、その美しさと官能性がしばしば美術作品の中で重要な役割を果たしています。

 一方サテュロスは、ギリシャ神話の中で野生的で肉体的な欲望の象徴とされています。馬のような特徴を持ち、足が速く、半人半獣の神です。酒や女、音楽を愛し、しばしば酔っぱらっている姿で描かれるので、けっこう愛されキャラでもあります。そして実はディオニソス(バッカス)との関係が深く、ディオニソスの祭りでサテュロスたちは歓楽的な役割を担っています。欲望の象徴たるサテュロスの面目躍如というところかもしれません。
 
 この作品では、サテュロスとニンフが出会う瞬間が描かれています。サテュロスは美しいニンフを追い求め、彼女たちの魅力に引き寄せられるというシチュエーションです。ニンフはそんなサテュロスに気づき、恐れや抵抗を感じながらも、同時に相当な興味も覚えているのでしょう。ニンフたちの笑い声やからかうような嬌声が聞こえてくるようです。ニンフとサテュロスという二つの存在が、神話的な「欲望と純粋さ」の相反する面を持ちながら、互いに絡み合う、動きに満ちた画面となっています。中央のブルーのリボンのニンフ、真っ白な背中を見せた赤いリボンのニンフの美しさや躍動感、光による強い明暗が画面に奥行きを与えて見る者を魅了します。 
 また、作品におけるニンフの姿勢やサテュロスの力強い体つきは、ギリシャ神話における肉体美や官能美の追求を象徴しています。ブグローはこのテーマをアカデミズム的な技術で表現し、人物の体型の細部に至るまで精緻に描写しています。画家が得意とする、写実による美の表現を極めた代表的な一作となっています。
 

 ただ、これは神話の一部分ではなく、画家の創作といえます。同じテーマでルーベンスなどの巨匠が作品を生み出してきましたが、古代ローマの詩人オウィディウスの『祭暦』やプラトンの『パイドロス』などから触発されたテーマであることがわかっています。
 

★★★★★★★
 ウィリアムズタウン、 クラーク・アート・インスティテュート 蔵 
 

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎西洋美術史(美術出版ライブラリー 歴史編)
       秋山聰(監修)、田中正之(監修)  美術出版社 (2021-12-21出版)
  ◎改訂版 西洋・日本美術史の基本
       美術検定実行委員会 (編集)  美術出版社 (2014-5-19出版)
  ◎西洋美術館
       小学館 (1999-12-10出版)
  ◎世界のビジネスエリートが身につける教養「西洋美術史」
       木村 泰司 著  ダイヤモンド社 (2017-10-5出版)
  ◎超絶技巧の西洋美術史
       池上 英洋, 青野 尚子 著  新星出版社 (2022-12-15出版)



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