印象派の重要な画家の一人でありながら、カイユボットは雨降りの日の大気の感触にはほとんど興味がないかのようです。雨に濡れた舗道が臨場感をもって描かれているにもかかわらず、雨そのものは全く表現されていないのです。このとき、カイユボットにとって重要だったのは湿気を含んだ街の大気よりも、なぜか同じ形、同じ色の傘の下でそれぞれの思いを抱える、都会の人々の孤独だったのかもしれません。
ギュスターヴ・カイユボット(1848-1894年)は、パリで繊維織物商を営む大ブルジョアの家庭に生まれ、第二帝政時代、上流階級の住宅地として新たにつくられたマルゼルブ大通りの邸宅で何不自由なく育てられました。そんなカイユボットが絵の勉強を始めたのは、アカデミスムの写実画家ボナのアトリエでした。そこでボナの友人であったドガを通じて印象派の画家たちと知り合い、第2回の印象派展から、その活動に参加するようになるのです。
この「パリの通り、雨」は第3回印象派展に出品されたものですが、その仕上げの丁寧さから、サロン(官展)系の批評家たちからも高い評価を受けています。描かれているのは、近代的な街並みに改造されたばかりのパリの一角、リスボン通りとモスクワ通り、トリノ通りが広い八叉路で出会う有名な場所です。カイユボット自身の住まいの近くでもあり、なじみの通りでもありました。
カイユボットは写真をもとに制作することの多い画家でしたが、この作品も広角レンズを用いて撮影された写真から、彼が多くのデッサンを重ねてつくり上げた世界なのです。現実の場所でありながら、完璧に画家によってコントロールされた空間と言えるのかもしれません。中央の街灯を軸として、画面の左と右、近景と遠景がきちっと分けられている点も、カイユボットの絵画への冷静な姿勢が伺えるようであり、極端に鋭角的な遠近法はあまりにも独自なものでした。
都市の近代化の中で孤独を抱える人々というテーマは、カイユボットの作品にはしばしば見られたテーマでした。しかも、それは見る者に声高に訴えかけるものではありません。登場人物たちは、さりげなく足元を見つめるばかりです。生涯、資産家であったカイユボットには、上流階級の人々の持つ空虚感はごく身近な感情だったのかもしれません。
★★★★★★★
シカゴ美術研究所 蔵
<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
◎西洋美術館
小学館 (1999-12-10出版)
◎印象派
アンリ‐アレクシス・バーシュ著、桑名麻理訳 講談社 (1995-10-20出版)
◎印象派美術館
島田紀夫著 小学館 (2004-12出版)
◎西洋美術史
高階秀爾監修 美術出版社 (2002-12-10出版)
◎西洋絵画史who’s who
美術出版社 (1996-05出版)