クレーの絵を見ると心が落ち着く、クレーの絵の前に立つと、自分が苦しかった時に心の救いになってくれたのを思い出す・・・。そんなふうに話す人が多いことに驚きます。クレー自身、音楽や詩に造詣が深く、絵画に音楽や詩の世界を投影させて描くことが多かったようです。そうした、絵画だけにとどまらない総合芸術の力が、人々の心に独特な安らぎを与えるのかも知れません。
この「パルナッソス山」というタイトルは、18世紀の音楽書「パルナッソス山への道」に由来すると言われています。パルナッソスはギリシャの山で、古代神話ではアポロ神が祭られた場所とされ、音楽と詩の聖地とされていて、いかにもクレー好みの題材と言えると思います。
大胆な三角形はこの山を表し、赤い円は太陽、下のアーチの形は神殿の門なのだそうです。クレーは、ここでポリフォニー(多重音楽)と対位法(異なる旋律を組み合わせる技法)という音楽のアイディアを絵画的に表現しようと試みているようです。
太陽やアーチを形成している小さな矩形はそれぞれきれいなブルーやオレンジやイエローに色分けされ、水平に速いリズムを刻んでいます。そして、その下塗りの部分はより大きな矩形に色分けされて、それぞれが微妙に調和し、また互いに火花を散らしながら美しい共鳴音を奏でているのが感じられます。整然としているのに暖かい、抽象画でありながら誰も突き放さない、クレーならではの世界です。
他の流派の技法ではなく、自分の素直な想像力と直感力によって、単なる抽象画ではない、独自な世界に挑戦しつづけたクレーは、視覚のハーモニーの天才的表現者だったのだとあらためて実感させられます。
★★★★★★★
ベルン美術館蔵