聖母マリアの一生は、受諾の一生だったと言えます。み心のままに…と処女懐胎を受諾し、そして今また、み心のままに…と、わが子の不条理な死を受容しなければなりません。
母というものは、いつの日もたくさんの受容を余儀なくされるものかも知れませんが、それにしてもこのピエタの聖母マリアの姿には受容の極致を見る思いがします。
なんて…なんて悲しそうなマリア….。処女懐胎の告知には、それでも神の子の誕生という喜びやときめきがあったけれど、十字架にかけられたわが子をただ抱くしかないマリアには…かける言葉も見つかりません。
「こうなることは最初からわかっていたけれど……ごめんね」
と、イエスの亡骸に語り掛けてでもいるのでしょうか。ある意味、やっと自分の手に戻ったわが子を、幼な子のときと同じ精いっぱいの母の愛情でかき抱くマリアの姿に、同じように子どもを持つ女性たちは皆、深い共感をおぼえるのではないでしょうか。
やはり悲痛な表情でマリアとイエスを支えるのは聖ヨハネ、そして赤い衣を着て合掌しているのは、この絵の寄進者であると言われています。
中央に立てられた十字架の圧倒的な大きさが息苦しいほどに印象的で、くっきりとした輪郭線が、このつらい場面をいっそう鮮明に浮かび上がらせているようです。
ブリュッセル市の御用画家として数多くの祭壇画や肖像画を手掛けたファン・デル・ウェイデンですが、特に悲劇的な情景に卓越した手腕を見せたことで知られています。
★★★★★★★
マドリード プラード美術館蔵