カニャッチの描く花はわがままです。おとなしく花瓶におさまることを拒否し、外へ空へと伸び上がります。わらのほつれたみすぼらしいフラスコから逃れようとでもしているのでしょうか。そこには意思を持った花たちの、若くみずみずしい息吹があふれているかのようです。
イタリアの静物画を代表するこの作品には、グイド・カニャッチ(1601-1663年)の静物画に対する姿勢を見ることができるような気がします。その卓越した写実力、技巧もさることながら、ここに射す光には秘密めいた異世界観がひそんでいます。そして、慎ましやかで端正な色彩の花々はひたすら光を求めて、思い思いの方向を目指そうとしているのです。花びらの一枚一枚、わらのほつれの一本一本にまで神経の行き届いた丹念な描写にカニャッチの真骨頂を見る思いがします。
カニャッチといえば、どうしても魅惑的な女性たちを主題とした作品を想起します。しかし、こうした精緻な静物にこそ彼らしさがひそんでいるのです。美術史上最も優美と言われる画風を誇ったグイド・レーニの弟子であったカニャッチは、師同様、積極的に古典の復興に努めた画家でした。伝統的なイメージをバロック風な壮麗な構図と組み合わせることがカニャッチらしさだったと言えるかもしれません。そこが師のレーニを超えたところであり、さらに対象に詩的な感覚を込めたことも特筆すべき点であったと思われます。
暗い背景を背に、ひそやかに美しく、しかし確かな意識を持って咲く花たちは、画家の求めた画境そのものだったのかもしれません。
★★★★★★★
フォルリ市立絵画館 蔵
<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
◎西洋美術館
小学館 (1999-12-10出版)
◎イタリア絵画
ステファノ・ズッフィ、宮下規久朗編 日本経済新聞社 (2001-02出版)
◎西洋美術史
高階秀爾監修 美術出版社 (2002-12-10出版)