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「ブランコ」

オーギュスト・ルノワール (1876年)

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 なんて柔らかくやさしい光にあふれた作品でしょうか。木洩れ陽が画面の全体に暖かく明滅して、思わず心地よく居眠りしたくなってしまいます。
 公園の木陰で、仲の良い知人同士が立ち話をしているのでしょうか。くつろいだ雰囲気とおだやかな時間が、光の中でゆっくりと流れていきます。決して豪華な設定ではありませんが、ここにはさわやかな風が吹いていて、ごく普通の人々の充足した生活の息吹があります。

 こちらを向いた女性の手に支えられたブランコも、女性が笑ったり顔の向きを変えたりするたびに、幸せそうにゆらゆらと揺れているのでしょう。そんな彼女のドレスにも、たくさんの木洩れ陽が光の縞を作って輝いています。
 また、背中を向けた男性の肩にも左端の少女のワンピースの裾にも、光は惜しげないリズムを刻んで躍っています。

 このように、理屈ぬきに美しくおだやかな作品に見られる流れるような筆さばき、つややかな色彩と澄明な質感は、ルノワールが13歳のときからパリのル・タンプル街の陶磁器工場で絵付け職人をしていたことと無縁ではない気がします。
 腕の良い職人だったルノワールは、ごく健全な感覚で合理的に仕事をこなす、金の取れる職人でした。良い職人は道具を大切にします。ルノワール自身、仕立屋をしていた父の仕事ぶりをよく見ていましたから、父親が徹底的に道具を手入れしてから一日の仕事を終える様子を当たり前のこととして受け止めていたのでしょう。彼自身にも、ごく自然に道具を大切にする習慣が身についていました。
 ルノワールの絵の具のチューブの扱いや清潔なパレットの保ち方には定評があったそうです。そして少しでも調子の良くない絵筆はすぐに捨て、決して仕事に失敗することのないように心がけていました。 このようにして徹底的に管理されたパレットや絵筆から、汚い絵は生まれようがない気がします。

 濁りのない心で、汚れのない道具を手にしてカンヴァスに向かうとき、ルノワールはカンヴァスの向こうに彩色されていない白い陶器を見ていたかも知れません。地塗りの白さを生かして描く甘美で澄明な画法への愛着は、絵付け職人だったルノワールの独特な表現法であったし、生涯を通じて守り続けたものだったのです。
 普通の人々の目線で心やさしく描かれたこの作品にも、ルノワールの健全な精神とたしかな道具から生まれた清らかな光があふれています。

★★★★★★★
パリ、オルセー美術館蔵 



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