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「プロセルピナの掠奪」

ジャンロレンツォ・ベルニーニ (1621-22年)

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 プロセルピナの助けを求める悲しげな声が、細く長く聞こえてくるようです。彼女は今、冥界を支配する神プルート(ハデス)によって、地下界へ連れ去られようとしているのです。

 このお話は、古代ローマの詩人オウィディウスによるラテン文学の名作、『転身物語』の巻5に収められています。
 プロセルピナは穀物の女神ケレスの娘で、春の女神でした。ギリシャ神話ではペルセフェネと呼ばれています。
 ある日、野原で仲間たちと花を摘んでいた彼女を見て、冥界の王プルートは一目惚れしてしまいます。このときプルートは、クピドの矢にハートを射抜かれていたらしく、プロセルピナしか目に入りません。彼女をさらって凱旋車に乗せ、地面に巨大な裂け目をつくって、無理やり地下の王国に連れ去ったといいます。
 絶望に腕を振り上げるプロセルピナの頬には涙が伝い、突然の出来事に動転し、必死に逃れようとする様子が見る者にひしひしと伝わってきて胸が痛みます。

 この臨場感あふれる作品を制作したジャン・ロレンツォ・ベルニーニ(1598-1680年)は、押しも押されもせぬバロックの2大巨匠の一人でした。画家ではフランドルのルーベンス、彫刻・建築ではベルニーニが、ローマじゅうの教会と広場、王宮と美術館を飾ったのです。
 ベルニーニの持つダイナミズムは、だれにも真似ることのできないものでした。彼が17世紀イタリアの、というよりも、バロック美術最大の芸術家であることに異を挟む者はいません。彼の作品の持つ過剰なほどの情念と感傷、劇的な大仰さこそがバロック美術の大きな特徴だったからです。
 この時代の芸術家にとって最大のスポンサーは、まさに聖と俗の2大権力でした。免罪符の頒布に対するルターの批判に端を発した宗教革命のために、離れていった信者を取り戻したいカトリック教会、そして新たに台頭してきたフランス国王などの絶対専制君主たち、彼らは民衆に自らの権威を誇示しなければならず、そのアピールのためには派手で大げさなくらいの美術表現がぜひとも必要だったのです。
 そんな時代背景のもと、ベルニーニは早くからその才能を認められ、6人の教皇につかえました。教皇庁依頼の建築、彫刻、装飾事業の統括者としての仕事は生涯続いたのです。
 ただ、この作品は、ベルニーニがそんな対抗宗教改革の教皇庁の専業芸術家になる以前、非常に快楽主義的なシピオーネ・ボルゲーゼ枢機卿のために制作した、大変似通った構成の4体の彫刻群のうちの、殊に印象的な1体です。他の作品は、「アイネイアースとアンキーセース」(1618-19年)「ダヴィデ」(1623-24年)「アポロとダフネ」(1624-25年)であり、この4体の制作によって、ベルニーニは若くして揺るぎない名声を手に入れたのです。

 それにしても、ここに表現されたプロセルピナの髪や肌の柔らかさ、彼女の腰を抱くプルートの指がまさに肉に食い込んだ表現など、これが大理石から生まれたとは考えにくい見事さです。わずか20歳そこそこの若者の仕事だろうかと私たちは改めて驚き、そこにミケランジェロに比肩する天賦の才を認めずにはいられません。彼は、大理石を蝋のごとく扱うための努力を重ねたと語っています。「ベルニーニはローマのために生まれ、ローマはベルニーニのためにつくられた」という称賛の言葉が、決してバロック的大仰さだけではないと実感せずにいられません。
 ベルニーニの持つ葛藤と暴力の表現は、確かにミケランジェロの伝統を継いではいますが、ミケランジェロがあくまでも内面の葛藤をあらわしたのに対し、ベルニーニは外面的な力のドラマをこそ前面に打ち出しました。プロセルピナはまるで空中に飛んでいるようであり、それは逃れようとする必死の行為でありながら、どこかスポーツ写真のベストショットのような躍動感に満ちているのです。

 ところで、このお話には“その後”が伝えられています。
 プロセルピナの母ケレスは火のついた松明(たいまつ)を手に、娘を捜して歩き回りました。ところがやっと見つけたプロセルピナは、冥界ですでにザクロの実を食べてしまっていたため、冥府の食べ物を食した者は冥府に属するとの取り決めにより、毎年春になると、オリュンポス12神の一人で神々の案内役たるメルクリウスに導かれて地上に戻り、1年の3分の2は地上で、3分の1は冥界で過ごす身となりました。
 穀物の女神ケレスは、娘が地上にいる間は喜んで仕事をしました。そのおかげで植物や花は咲き誇り、穀物も豊かに実りました。しかし、プロセルピナが冥界に行ってしまう時期になるとケレスは悲しみ、冬が訪れて植物や花は枯れてしまいました。これが四季の始まりなのです。

★★★★★★★
ローマ、 ボルゲーゼ美術館 蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎世界美術大全集 西洋編16 バロック1
        神吉敬三、若桑みどり編集  小学館 (1994-05出版)
  ◎西洋美術史(カラー版)
        高階秀爾監修  美術出版社 (1990-05-20出版)
  ◎オックスフォ-ド西洋美術事典
        佐々木英也訳 講談社 (1989-06出版)
  ◎西洋絵画史WHO’S WHO
        諸川春樹監修  美術出版社 (1997-05-20出版)



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