19世紀ラファエル前派の主導者とも言うべきロセッティは詩人でもあり、ダンテの詩などをもとにした中世趣味な作品を描いていましたが、やがてその興味は女性像に集約されていったようです。
夢見るように目を閉じたこの女性は、ロセッティの妻だったエリザベス・シダルだと思われます。作品の中で彼女は、詩聖ダンテが理想としたベアトリーチェに重ね合わされ、まるでこの世の雑事とは関係のない神の使いのように、とらえどころなく描かれています。それは、エリザベス自身が病弱であったこと、それゆえにはかなく繊細な美しさを持っていたことが大きく影響していたことは間違いないように思われます。
死の使者である一羽の鳥が目を閉じた彼女の手の中に、今まさにケシの花を落とそうとしていて、彼女はそれを黙って受け入れようとしています。それはエリザベス自身の人生を象徴しているかのようで、彼女は結婚して2年後、ほとんど自殺に近いかたちで世を去ります。そんなエリザベスへの、画家の切なさのこもった愛情深い眼差しが、この詩的な作品いっぱいにこめられているようです。
エリザベスをうしなったあと、ロセッティは哀惜の念から、ジェイン・モリス、ファニー・コンフォース、アレクサ・ワイルディングといった美女を次々に見出しますが、その誰もが結局はエリザベスに似ていて、しかもロセッティにとってはエリザベスを超える存在にならなかったような気もします。
そして、ロセッティの作品から、倦怠、退廃といった抑圧された感情が生涯消えなかったのは、世紀末という時代のせいというよりは、ぬぐうことのできない慢性的な哀しみの所以であったのかも知れません。
★★★★★★★
ロンドン、テイト・ギャラリー蔵