紀元前7世紀のころ、ローマ3代目の王ホスティリウスのとき、ローマとアルバ・ロンガはイタリア中心部の支配権をめぐって争いとなっていました。しかし、次第に双方の戦力は低下していき、さらに第三の敵からの脅威もあって、ついに解決策として、お互いの国の勇者を戦わせ、勝ったほうが支配権を持つという取り決めがなされたのです。そして、ローマ側の代表がホラティウス家の三兄弟、アルバ側からはクリアトゥス兄弟が選ばれ、結局、ホラティウス家の末の弟が生き残ったことで、ローマ側の勝利となりました。
しかし、このお話には、さらなる悲劇が待っていたのです。実は、ホラティウス兄弟の妹カミーラは、クリアトゥス兄弟の一人と婚約していました。知らせを受け、泣き崩れるカミーラを見て、兵士の一人が剣を抜き、彼女を殺してしまいます。敵の死を悲しむカミーラを許せなかったということでしょう。のちの裁判において彼は、「ローマを最優先し、個人の幸せは二の次でなければならない」と弁明し、ローマじゅうの人々から喝采を受けたといいます。
この出来事をテーマに、ジャック・ルイ・ダヴィッド(1748-1825年)は作品を描きました。そこには、自国を愛し、忠誠を誓う気持ちを当時の人々に植えつける目的があったと言われています。ダヴィッドは「このような勇気と、国のための善行が民衆に認知されたとき、それは魂を揺さぶり、栄光と祖国への忠誠を生む」と語っているのです。目の前にフランス革命をひかえた激動の時代だからこその象徴的な言葉なのかもしれません。
事実、ダヴィッドは、1789年に勃発したフランス革命に共鳴し、ジャコバン党員として積極的に革命運動に参加し、革命にかかわる作品を制作しているのです。ローマ留学による影響から、力強く古典的な様式を確立しつつあったダヴィッドは、この時期、ローマ建国の歴史にテーマを得た、荘重で簡潔な様式を特に好んで描きました。そして、サロンでの称賛が彼をフランス絵画の新しい指導者に押し上げ、この作品はとくに、「新古典主義のマニフェスト(宣言)」とさえ呼ばれたのです。
ところで、この作品は驚くほど綿密な計算のもとに構成されています。
まず、3つのアーチが画面を3つの部分に分けます。そして、左側の三人兄弟がいる場所は「信義」を表し、3人はローマ軍の兵士をモデルに描かれています。中央には父親が立ち、「正義」と「伝統」が表されています。さらに、これから流れる血も暗示されているのです。そして、右側は子供と女性たちで構成され、これから訪れるであろう悲劇が表現されているのです。女たちの悲しみに打ちのめされたポーズは、エネルギーに満ちあふれた男性たちの姿とは対照的で、見る者の胸をふさぎます。このように、ダヴィッドのしかけた演出によって、一つの作品の中に三つの感情、三つの時間がまとめられているのです。
さらに、敷き詰められたタイルや柱によって、画面に正確な遠近法が用いられているのがはっきりとわかります。そして、奥を暗くすることで、人物を際立たせることにも成功しています。部屋の中には装飾らしきものはなく、あるとしても槍とトスカーナ風の柱ぐらいのものです。無駄なものはできる限り廃した、ストイックな構成に徹しているのです。
しかし、ここで大切なのは装飾や人物よりもメッセージなのでしょう。それは「3」という数字に象徴されます。3は何度も使われています。3つのアーチ、3人兄弟、3本の剣、3人の女性……。
そして、ダヴィッドらしい厳格な主題内容と硬い表現様式が、幾何学的な形の多用をもたらし、メッセージが伝わりやすくなっているのです。まず、兄弟たちと父親の姿は、ちょうど長方形の中におさまります。そして、兄弟たちと父親の姿は、ちょうど長方形の中におさまります。そして、兄弟たちの足、父親の足の形は三角形をなしています。さらに、悲しむ女性たちも、ちょうど三角形の中におさまるよう配されているのです。
ダヴィッドの確立した新古典主義は、古代に完成された「理想の美」をめざす美術と言えます。ローマの建国伝説を古代風な力強さ、簡潔さで表現した画家の代表作は、330×425㎝の大作です。そして、フランスの新古典主義絵画がどのようなものであるかを、みごとに示してくれているのです。
★★★★★★★
パリ、 ルーヴル美術館 蔵
<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
◎西洋美術館
小学館 (1999-12-10出版)
◎美術とジェンダー―非対称の視線
鈴木杜幾子・千野香織・馬渕明子編著 星雲社 (1997-12-12出版)
◎西洋美術史(カラー版)
高階秀爾監修 美術出版社 (1990-05-20出版)
◎西洋絵画史WHO’S WHO
諸川春樹監修 美術出版社 (1997-05-20出版)