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「ホロフェルネスの首を斬るユディト」

アルテミジア・ジェンティレスキ (1620年ごろ)

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 ザクッと首を貫く刃物の音が聞こえてきそうな、鬼気迫る作品です。画家は、この一瞬に、どんな思いを込めたのでしょうか。

 ユダヤ人の寡婦ユディトは、将軍ホロフェルネスに率いられたアッシリアの占領軍からベツリアの町の住民を解放しようと企てます。彼女は、「見る人すべての目をひきつける」と、旧約聖書外典「ユディト書」に記されるほどの美女でした。そのうえ、宝石で身を飾り、裕福な寡婦らしく侍女と手みやげを携えてアッシリア軍の野営地に赴いたのですから、敵の司令官ホロフェルネスも、すっかり骨抜きにされてしまったようです。
 自らの民族に背いたふりをしてユダヤ人征服の計略をもちかけ、すっかりホロフェルネスの籠絡に成功したユディトは、酒に酔いつぶれた敵将が眠り込んだのを見計らい、彼の剣をつかんで振り下ろしました。首は、彼女の二振りで転げ落ちたといいます。ホロフェルネスは、苦痛を感じる時間もなかったかもしれません。ユディトは、待機していた侍女の持つ袋に生首を収め、ベツリアに戻り、ユダヤ民族の愛国の女傑として称えられたのです。

 しかし、ここに描かれた様子を見ると、別室に控えていたはずの侍女がホロフェルネスを上から押さえつけていても、女性の力では、とても二振りで大の男の首を斬り落とせたとは思えません。噴出する血を少しでも避けようとするかのように身を反らせながら剣を振るうさまには、痛々しささえ覚えます。無念の表情の敵将は、おそらく大暴れし、呻いたことでしょう。女性の身には、ただ事でない大仕事だったに違いありません。
 侍女を殺害の共犯者にしたのは、なにもアルテミジアが最初ではありませんでした。画家はしばしば、ここで三角形の劇的な構図を作り出せることを計算に入れます。それでも、この作品がアルテミジアならではの表現と思わせるのは、やはり彼女が女流画家であったためなのかもしれません。

 作者のアルテミジア・ジェンティレスキ(1593-1652年)は、17世紀イタリアの重要な女性画家です。イタリア・バロックを代表する画家の一人、オラツィオ・ジェンティレスキ(1563-1639年)の娘として、若くして才能を開花させました。父から手ほどきを受け、カラヴァッジョの劇的な表現を身につけていきましたが、当時、女流画家の道は険しく、活動も極端に制限されていたため、さまざまに苦労しながらキャリアを積んでいかざるを得なかったことは知られています。男性ヌードの素描も許されなかった時代なのです。
 1612年にフィレンツェの画家と結婚し、一人娘をもうけましたが、やがて離婚。しかし、メディチ家の保護を受け、同地のアカデミー会員となって活躍しています。やがて、21年に父親に伴われてジェノヴァに滞在し、やがて、チャールズ1世の宮廷画家となった父とともにロンドンにも赴いています。ほかにも、多くの旅行をしていますから、そこで出会うさまざまな作品や画家たちから、多くの影響を受けたことは間違いありません。
 それでも、生涯を通じて最も強く惹かれ続けたのは、やはりカラヴァッジョでした。光の扱い方、主役を限定しての強調、人物の迫真的な描写などから、それは明らかです。特に、父親やカラヴァッジョから想を得たと言われる「ユディトとホロフェルネス」のテーマは、繰り返し描いています。その中でもこの作品は、もっとも衝撃的で印象深いものではないでしょうか。

 絵画の革命家カラヴァッジョの、強烈で劇的な明暗対比とリアリズムは、ヨーロッパ全土に及びました。彼は、絵画を取り返しがつかないほどに変えてしまったと言われています。
 この作品でも、美女ユディトは、すでに美の理想像とはかけ離れた表現となっています。一条の光の中で斬首という血みどろの行為におよぶ彼女は、決して揺らぐことのない意志を持つ、バロック時代の勝利の女神なのかもしれません。
 ユディトは聖母の予型とも言われますが、これはまさに、女流画家がさまざまな活動の制約を受けた時代、それでもヨーロッパを股に掛けて活躍したアルテミジア自身の、決意の姿そのものだったのかもしれません。彼女は、新しい時代の強い聖母そのものだったのです。

★★★★★★★
フィレンツェ、ウフィッツィ美術館 蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎西洋名画の読み方〈1〉
       パトリック・デ・リンク著、神原正明監修、内藤憲吾訳  (大阪)創元社 (2007-06-10出版)
  ◎西洋美術史(カラー版)
       高階秀爾監修  美術出版社 (1990-05-20出版)
  ◎オックスフォ-ド西洋美術事典
       佐々木英也著  講談社 1989/06出版 (1989-06出版)



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