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「ポンパドゥール侯爵夫人の肖像」

モーリス・カンタン・ド・ラ・トゥール (1755年ころ)

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「Mark Harden’s Artchive」のページにリンクします。

 かすかに微笑みをたたえてゆったりとくつろぐのは、フランス美術を語るとき絶対に欠かすことのできない人物、ポンパドゥール夫人です。
 ルイ15世の寵愛を一身に集めた彼女は、1745年9月にヴェルサイユに迎えられ、やがては公爵夫人、さらには王妃侍従として国政にまで干渉する立場を得ることとなる美しく、才気煥発な女性でした。

 そしてまた、ポンパドゥール夫人といえば、芸術の庇護者として当時の美術の動向に深くかかわった女性としても忘れることはできません。殊のほかお気に入りだったのがブーシェでしたが、その他にも、彼女の部屋は選りすぐりの美術品や骨董品で飾られていました。ロココ黄金期の画家たちが多分に装飾的傾向にあるのは、彼女の好みも一つの要因だったのでしょう。夫人はまた、王立セーヴル磁器工場の創設や、知識の集大成ともいうべき『百科全書』の刊行を助成するなど、その幅広い教養、才色兼備ぶりを十分に発揮しています。

 この作品のなかでも、彼女が手にした楽譜、テーブルの上の地球儀や革表紙の分厚い書物、テーブルの上から垂れ下がった夫人自らの作である版画、床の上のスケッチブックなどを見ても、ポンパドゥール夫人が音楽、美術、文学をはじめとして広い知識を持つ女性だったことがうかがえます。
 芸術家たちのパトロンであった夫人の姿は、多くの画家によって肖像画として残されていますが、ラ・トゥールの手になるこの作品はとりわけ魅力的で、夫人の顔や姿の美しさだけでなく、典雅で気品ある夫人のひととなりそのものを生き生きと描き出しているようです。彼女は細おもての瓜実顔で、口元になまめかしさの漂う、栗色の髪を持った背の高い美女だったと言われています。しかし、この作品の中のポンパドゥール夫人は飽くまでも知的で、引き締まった口元を持ち、叡知に輝く目と落ち着いた雰囲気で、鑑賞する側の私たちにも優しい温かさがゆっくりと伝わってくるようです。

 ところで、この作品は、一見したときにそれとは気付きにくいのですが、パステルで描かれた肖像画なのです。夫人の豪華な衣装や調度品の光沢、繊細で緻密な細部の描写など、あまりにもみごとで目を奪われてしまうのですが、この175×128㎝の大作が油彩でなくパステル画であるという事実に、声もなく圧倒されてしまう思いです。
 この肖像画は、1751年に夫人の弟にあたるマリニー侯からの注文で制作されたものですが、等身大に近いこの作品を、ラ・トゥールは、パステルが油彩に劣らないものであることを示すために描いたとさえ言われています。そのあたり、ラ・トゥールのパステル画家としての絶対の自信と、パステルへの深い愛情を強く感じとることができます。
 モーリス・カンタン・ド・ラ・トゥールはフランス北部エーヌ県のサン=カンタンの出身でしたが、若くしてパリに出、当時パリで流行していたイタリアの女流画家カリエーラのパステル画に魅了され、生涯これに専心した画家でした。パステル独特の迅速な描写はラ・トゥールの気質にぴったり合っていたのでしょう、モデルの性格や特徴をみごとにとらえた彼の肖像画は大変な人気を博しました。そして当時、王侯貴族から市民にいたるまで、あらゆる階層の人々を描いたということからも、肖像画家としてのラ・トゥールの心意気を見るような気がします。

 18世紀フランスで愛され、この時期に次々に魅力的な作品が生み出されていったパステルは、人肌の表現に適していると言われています。そのため、肖像画に好んで用いられました。このポンパドゥール侯爵夫人の肖像でも、輪郭をややぼかした柔らかい描写など、パステルの魅力が十分に生かされ、時を超えて今にも夫人が動き出すのではないかと錯覚するほどに生気のある美しさに満ちています。

★★★★★★★
パリ、 ルーヴル美術館 蔵



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