「マエスタ」とは、イタリア語で「荘厳」という意味です。おごそかに玉座につき、聖人や天使に囲まれた聖母子の画像をいい、多くの画家が描き続けてきたテーマです。その中でも、この「マエスタ」は最高峰の作品と言えるでしょう。そして、シエナ派の巨匠ドゥッチョの最高傑作でもあるのです。
シエナ派とは、14世紀のシエナに生まれた、ビザンティンとゴシックの合成された美術傾向です。鮮やかな色彩、甘美さ、細部へのこだわり、そして曲線が特徴的で、シエナ独自で発展した美術動向と言えるものでした。
やや憂いをたたえた高貴な面立ちの聖母の膝の上で、おとなびた落ち着きを見せるイエスは仕草までもがすでに分別を感じさせます。そして、シエナ大聖堂の主祭壇画として描かれた本作には、シエナの10人の守護聖人たちが、優美な天使に伴われるようにずらりと並んで描かれています。彼らは、中央の聖母子を見つめ、それぞれが個性的に、表情豊かに表現されているのです。
一人ひとり、だれであるかも明らかです。聖母子を中心として、天使を二人ずつ置き、左右に5人ずつの聖人が並びます。左から、アレクサンドリアの聖カタリナ、聖パウロ、ひざまずいているのが聖アンサヌス、そして福音書記者聖ヨハネ、聖サウィヌネ、右側へいって、最初にひざまずいているのが聖クレスケンティウス、次が洗礼者聖ヨハネ、赤いマントでひざまずくのが聖ウィクトリヌス、そして聖ペテロ、最後にヴェールを身につけているのが聖アグネス……という順番です。
さらに、後方のアーチ部には10人の使徒が描かれており、左から、タダイ、シモン、ピリポ、大ヤコブ、アンデレ、マタイ、小ヤコブ、バルトロマイ、トマス、マッティアスで、一人ひとりの名前まで明記されているのです。
この賑やかで華麗な作品が完成したとき、ドゥッチョの工房から大聖堂へ、シエナの住民が行列をつくって運んだといいます。人々の喜び、誇らしさに沸き立つ気分が伝わってくるような逸話です。時代とともに本来の枠は失われ、部分的に四散してしまったとはいえ、現在、大聖堂付属の美術館に収められたこの「マエスタ」は、今でもシエナの人々の大切な宝物なのです。
聖母子が鎮座する玉座は、モザイクで装飾された大きな大理石の塊として表現されています。そして、その土台には、
「シエナに平和を、これを描いたドゥッチョには名誉を」
と、聖母への二つの祈願が記されているのです。
★★★★★★★
シエナ、 大聖堂付属美術館 蔵
<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
◎聖母の都市シエナ―中世イタリアの都市国家と美術
石鍋真澄著 吉川弘文館 (1988-04-10出版)
◎西洋絵画の主題物語〈1〉聖書編
諸川春樹監修 美術出版社 (1997-03-05出版)
◎西洋美術史(カラー版)
高階秀爾監修 美術出版社 (1990-05-20出版)