ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノが描く人物から感じられる不思議な親しみは、時を超えた奇跡のようです。彼らは国際ゴシック様式特有の硬さを備えながらも、空間に立つ人間らしさ、豊かな量感をもって描き出されているのです。そして鑑賞する私たちは、今にも彼らと会話することさえ許されるような錯覚にとらわれてしまうのです。
この魅力的な4人の聖人たちは、当初、フィオレンティーナ・ディ・サン・ニッコロ・ソプラルノ聖堂の「クアラテージ多翼祭壇画」の両側面に配されていました。現在、中央部分の「聖母子」はロンドンのナショナルギャラリーに所蔵されています。またプラデッラの部分は、ヴァティカン絵画館やワシントン・ナショナル・ギャラリーに分蔵されています。このことからも、14世紀から15世紀の祭壇画の多くは解体され、さまざまな人間の思惑によって本来の姿から離れ、美術市場に出回っていることがわかるのです。
向かって左端のマグダラのマリアは、美しい髪を束ね、お約束の香油壺を手にしています。これは、ルカ福音書7:36に記された、キリストの足に香油を塗った女性であることを示すアトリビュートです。当時、香油を塗ることは最高のもてなしのあかしでした。女性聖人の中でも断トツの人気者マグダラのマリアですが、その清楚な表情は画家ならではの表現と言えます。
その隣のバーリの聖ニコラウスはサンタクロースの原型となった聖人として知られています。彼は4世紀の小アジアのミュラの司教でした。そして、その聖遺物が11世紀にイタリアのバーリに運ばれたことから、この名で呼ばれています。司教杖を手にした豪華な司教服姿の老人として描かれており、右手には三つの黄金の玉を持っています。これは、3人の娘を娼家に送らねばならずに悩む貧しい貴族のために、3晩続けて黄金を入れた袋を貴族の家の窓から投げ入れたという逸話によるアトリビュートです。
その隣の洗礼者ヨハネは、まさに説教の最中の姿です。旧約と新約をつなぐ役割を持つ洗礼者ヨハネは、聖母マリアの血縁に当たるエリサベツと、主の宮の司祭ザカリヤとの間に生まれた説教師です。荒野で禁欲生活を送った聖人らしく貧しい身なりですが、赤く細い、おそらくは葦でできた十字架を手にしています。
一番右の聖ゲオルギウスは、犠牲に供されようとする王の娘を救うため、城壁の外の海岸で竜と戦った聖人として知られています。これはもちろん、信仰によるカッパドキアの征服が示された寓話ですが、伝説どおり彼は中世騎士の姿で描かれています。右手には竜を仕留めた槍を持っています。
どの人物も、いかにもジェンティーレ・ダ・ファブリアーノらしい優雅な線描で描き出されています。そして、聖人たちの堅牢な存在感は画家がフィレンツェに移住した際に目にした、ドナテッロやブレネレスキら初期ルネサンスの巨匠たちの手になる現実的な肉体を持った人物像の影響が非常に大きかったことを示しています。
そして画家の初期作品に多く見られた花の咲く草むらは、ここでは花模様のタイル張りの床となって洗練度を増しています。
★★★★★★★
フィレンツェ、 ウフィッツィ美術館 蔵
<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
◎西洋美術館
小学館 (1999-12-10出版)
◎西洋美術史(カラー版)
高階秀爾監修 美術出版社 (1990-05-20出版)
◎オックスフォ-ド西洋美術事典
佐々木英也著 講談社(1989-06出版)
◎イタリア絵画
ステファノ・ズッフィ編、宮下規久朗訳 日本経済新聞社 (2001-02出版)
◎ルネサンス美術館
石鍋真澄著 小学館(2008-07 出版)
◎アートバイブル
町田俊之著 日本聖書協会 (2003-03-15 出版)