広漠とした広がりと静寂が支配するミズーリの川面を、二人の罠猟師がゆっくりと下ってゆきます。
丸木舟のへさきに飼い猫をつなぎ、靄のかかった陽光に包まれて滑るように進む二人は、この牧歌的な情景の中ですっかりくつろいでいるように見えます。二人はまるでカメラを意識しているかのようにこちらを見ていますが、カメラという道具が普及するまで、新天地アメリカの様子を伝えてくれるのは、まさに画家の役目だったのです。
そういう意味で、この作品は風景画であり、また風俗画でもあります。毛皮を運ぶ男たちを地方色豊かに描いたこの画面は、ビンガムの最もよく知られた一作であり、荒野がこの国とそこに生まれつつある文明の象徴であった時代の、国土に対する人々の親近感を十分に伝えてくれる貴重な作品の一つでもあるのです。
1776年にアメリカが独立を宣言し、1825年くらいまでは、まだ殆どのアメリカ人は入植地を切り拓くのに忙しく、自然の詩情豊かな表情にまで心を向ける余裕はなかったかも知れません。しかし、1820年代半ばころから、トマス・コール、トマス・ドーティといった画家たちが現れ、ヨーロッパの文化的伝統を乗り越えた、独自の雄大なアメリカ絵画を描くようになるのです。
ジョージ・ケイレブ・ビンガムもヴァージニア州生まれでしたが、早くからミズーリ州に居をかまえ、開拓者たちの生活を描くようになりました。彼は正規の訓練を受けていませんでしたが、その色彩は心地よくさわやかで、素朴で硬質な印象を与えます。
大自然の侵しがたい荘厳さに対する敬虔な姿勢はこの時期の画家たちに特有のものでもありますが、広々とした静謐な空間に満たされた光の澄明さ、ふっと時が止まったような静けさは、やはりビンガムならではの世界と言えるような気がします。
★★★★★★★
ニューヨーク、 メトロポリタン美術館蔵