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「ムーラン・ルージュにて、ダンス」

トゥールーズ・ロートレック (1890年)

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 ムーラン・ルージュは1889年に開店し、人気を博したダンスホールです。この店は、当時のモンマルトルの夜を象徴するような場所で、ダンスフロアでは毎夜、大胆なダンスが繰り広げられていました。ロートレックは、この店のオープンから93年ごろまで、毎日のように足繁く通っていたといいます。キャバレーやダンスホールなど夜の歓楽街は、当時の画家たちの心をしっかりととらえたテーマだったのです。

 この作品は、そんなムーラン・ルージュを描いた30数点のうちでも最も印象的な最大級のものです。繊細で早いタッチの美しい線はいかにもロートレックらしく、手前で横顔を見せる婦人のドレスの鮮やかさには目を奪われます。そして、この婦人から、中央のフロアで踊る女性の赤い靴下、そして左奥の人物の赤い服へとたどる対角線が、前景、中景、後景と画面に無理のない奥行きを与え、ムーラン・ルージュの店内の雰囲気を生き生きと伝えてくれているのです。
 さらに、この作品にはゾクッとするような謎が隠されています。半分に切れた左端の男性の顔は、実は口が耳まで裂けた悪魔のようではないかと思わせる不気味さがあり、踊る二人の影はなぜか人間とは違う異世界の生き物のように蠢いて見えます。そう思って見回せば、後方に立つ紳士たちの中にも怪物がひそんでいそうな気がしてくるのです。
 ロートレックは娼婦やダンサーたちを次々に描き続けましたが、時折、あまりにも個性を強調し過ぎたために、モデルの女性からすっかり嫌われてしまうこともあったようです。グロテスクで戯画的な表現は、ロートレック作品にはしばしば見られるものです。しかし、そんなときは筆が走り過ぎたというより、ロートレック自身も意識しないうちに、物事の本質に触れてしまっていたのかもしれません。

 ところで、中央で赤い靴下の女性と踊るのは「骨なしヴァランタン」と呼ばれた人気ダンサーで、その特徴ある横顔から、それとすぐにわかります。しかし、そんな彼には一瞥もくれずに行き過ぎる前景の男女、そして後景のシルクハットの男たちも、それぞれが全く別な関心事に心を奪われているようです。音楽と喧噪と享楽の中、人々の孤独と虚しさを、ロートレックは感情を排した目で見つめ続けていたのだと思います。

★★★★★★★
アメリカ、フィラデルフィア美術館 蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック
       マティアス・アルノルト著、真野宏子訳  PARCO出版 (1996-03-28出版)
  ◎西洋美術館
       小学館 (1999-12-10出版)
  ◎印象派美術館
       島田紀夫監修  小学館 (2004-12出版)
  ◎西洋美術史
       高階秀爾監修  美術出版社 (2002-12-10出版)
  ◎西洋絵画史who’s who
       美術出版社 (1996-05出版)

 



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