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「ムーラン・ルージュにて」

トゥールーズ・ロートレック (1892年)

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 みごとな描写力で夜のパリを描き続けたロートレックの、代表的な作品です。
 右端の女性の顔が緑と黄色の逆光線に照らし出されて、見る者を異次元の世界へと導いているようです。中景の、こちらを向いた女性の顔、背中を向けた女性の褐色の髪の色など、濃密な色彩に、思わずむせ返りそうになります。

 人工的な照明が随所に暗示されたこの作品は、明らかに浮世絵の構図を大胆に下敷きにしたものだと言われていて、画面の外に広がっていく空間にまで思いがおよんでしまうのです。
 なんという臨場感、そして緻密に計算された構図でしょうか。
見る者の視線は、手前の女性から中央のテーブルにすわる一団へ移り、そして、さらにその奥にいるロートレック自身の姿へと移ります。
奥の二人連れのうちの背の低い人物がロートレック本人なのですが、彼はいつも、他人を見る自分というものを見続けた画家だったように思います。
 この「ムーラン・ルージュ」を根城にして、浴びるように酒を飲み、道化や踊り子、娼婦たちに混じって制作しながら、彼はいつも
「私も共に生きている。あなたと共に生きている」
と訴え続けていたように思うのです。
 「ムーラン・ルージュ」というキャバレーは、近代都市のさまざまな欲望のはけ口であり、また、都市に生きる人々の苦悩や喜び、その存在そのものをとらえるには最適な場所だったかも知れません。その中でロートレックは描き続けたのです。

 彼はデッサンの天才でした。そしておそらく、彼ほどの早描きの名手はいなかったのではないでしょうか。
 盛り場でぶらつきながら、興味をひかれる人物を見つけると、ポケットから小さなスケッチブックを取り出して、サッと描き、一瞬の後にはそれをまたポケットに収めるといった具合で、「話すがごとく描いた」と言われています。たしかに、彼にとって描くことは話すことに等しく、描くことによってロートレックは、私たちに話しかけているのかも知れません。
「私はここにいる。あなたと共にいるのだ」
と。

★★★★★★★
シカゴ美術研究所蔵



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