ソファに凭れてくつろぐ女性たちは皆、客待ち顔の娼婦たちです。右端には下着をたくし上げた後ろ姿、そして唯一、肌を見せずに背筋を伸ばして座るのは、この高級娼館の女主人かもしれません。ロートレックはこうした娼館内をテーマとして50点以上を制作していますが、この作品はその中でも頂点をなす大作です。
選び抜かれた美しい色彩と早描きの確かな線がみごとで、無駄のない構図にも引き込まれます。手前の女性の右肩から左脚への線と、奥にある大きな円柱から左下へ伸びるソファの継ぎ目の線がゆったりとした三角形を作り、画面に深い奥行きと安定感を与えている様子もさすがです。円柱を囲むようにぐるりと置かれたソファはくすんだ深紅で、女性たちの重そうな体を深々と受け入れながら、見る者の視線を円環させます。
それにしても、ロートレックの描く夜の女性たちは個性を有しながらも、なんて孤独で虚無的なのでしょうか。すぐ近くにいても、お互いに語り合うことも関わり合うこともなく、それぞれが一人ぽっちです。もの思うのか、心ここにないのか、独特な静寂が画面を包んでいきます。
アンリ・マリ・レイモンド・トゥールーズ=ロートレック・モンファ(1864-1901年)は、その長い本名からも察せられるように、フランス南部の名門貴族の出身です。ところが、子どものときの事故によって両脚を骨折し、下半身の成長が止まってしまいます。それからは、もともと好きだった絵画に熱中し、やがてパリに出て本格的に勉強しますが、モンマルトルにアトリエを借り、昼は制作、夜は娼館に入り浸る生活をするようになります。
彼はデッサンの天才でした。ムーラン・ド・ラ・ギャレットに代表されるダンスホールを中心とした歓楽街に生きる人々を素早くスケッチし、次々に描きとめていったのです。同じように娼婦を多く描いた画家にドガがいましたが、ドガが描く人物たちがあくまでも三人称だったのに対し、ロートレックは一人ひとりの名が特定できるほどに、その内面までも描き出しています。ロートレックには、人を魅了し、安心感を与えてしまう雰囲気があったのでしょう。娼婦たちは彼との間に壁をつくることがありませんでした。
しかし、もともと虚弱な体質だったうえに、アルコール依存症がたたって入退院を繰り返したロートレックは、世紀末の退廃的な雰囲気の中、36歳の若さでこの世を去ります。享楽的な世界に身を浸しながら、確かなセンスと筆致を失うことなく描き続けたロートレックの本当の心の内は、おそらく他の誰にも計り知ることは難しいという気がします。
★★★★★★★
アルビ(フランス)、トゥールーズ=ロートレック美術館 蔵
<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
◎アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック
マティアス・アルノルト著、真野宏子訳 PARCO出版 (1996-03-28出版)
◎西洋美術館
小学館 (1999-12-10出版)
◎印象派美術館
島田紀夫監修 小学館 (2004-12出版)
◎西洋美術史
高階秀爾監修 美術出版社 (2002-12-10出版)
◎西洋絵画史who’s who
美術出版社 (1996-05出版)