ボッティチェリといえば、まず「ヴィーナスの誕生」が思い浮かびます。
そのヴィーナスとよく似た顔立ちのマリアですが、豊かすぎる髪を持ったヴィーナスと違って、ヴェールの下につつましく髪をおさめています。
それでも、二人に共通しているのは、その眼差しです。焦点が定まらないような、心ここにあらずといったような、哀しげな雰囲気が似ているのです。幼な児を抱いたばかりのマリアは、もうすでに来るべき悲しみを予知しているのかも知れません。
15世紀後半のフィレンツェにおいては、事実上の君主として権勢を誇った豪華公ロレンツォ・デ・メディチの影響からか、優美で装飾的な様式が流行していました。
ボッティチェリも「春」や「ヴィーナスの誕生」において、耽美的で優雅な世界を描きましたが、この「メラグラーナの聖母」では、あえて「お母さん」の雰囲気を持ったマリアを描こうとしたのではないかと思います。
典型的な円形画(トンド)の中で、天使たちにとり囲まれた聖母は、ほっそりとした顔に似合わず、やけにどっしりと安定した体型を持っています。これは、イタリア絵画にありがちなデフォルマシオンですが、また、イタリア女性の典型的な美しい体型でもあるのではないでしょうか。
また、マリアの手に支えられたイエスが持っているのはざくろです。実が熟して裂け、赤い種子がのぞいているのは「多様なものの調和と統一」を表し、また、「不死」と「復活」をも表しているのだそうです。マリアのイエスに対する深い愛の表現として、この実を持たせているのかも知れません。
それにしても、イエスも天使も視点が定まっていなくて、バラバラな方向を落ち着きなく見ているのが、何か気になります。
★★★★★★★
フィレンツェ、 ウフィッツィ美術館蔵